『クラリモンド』(テオフィル・ゴーチェ著、芥川龍之介訳、青空文庫)

c0077412_20254975.jpg『La Morte Amoureuse』(Théophile Gautier)
☆画像はダンス・ミュージカル公演のものです。
☆青空文庫の‘底本の親本’は『クレオパトラの一夜』(新潮社)だそうです。

24歳までひたすら神に仕えるために学んできた青年・ロミュアル。一人前の僧となる最後の関門である僧位授与式に臨もうとしたとき、ふと目を上げるとこの世のものとは思われない美しい女性が目に止まる。それまで女性というものを知る機会がなく、そんな機会を得ようと考えたこともなかったロミュアルだったが、一瞬にしてこの女性・クラリモンドの魅力(魔力)の虜になってしまう。激しい恋に身を任せるか、神に仕える僧侶として生きるか、ロミュアルは悩み苦しむ。ロミュアルに降りかかった苦難を見て取った師のセラピオンは、ロミュアルを救うために遠地の牧師館に彼を派遣するのだが、ある日クラリモンドの使いの者が彼を迎えに来る。こうしてロミュアルの、昼は神に仕える敬虔な僧侶、夜はヴェニスの宮殿に住む青年貴族、という二重生活が始まる。彼は、ある時は自分を貴族になった夢を見る僧侶だと思い、またあるときは自分を僧侶になった夢を見ている貴族だと思ったりする。そんなある日、クラリモンドのために果物を剥いていたロミュアルは、果物ナイフで指を傷つけてしまう。すると精気のなかったクラリモンドがいきなり、目を怪しく光らせてロミュアルに飛びつき、彼の指の血を吸ったのだ。

要するにクラリモンドは吸血鬼だったのだが、この訳本にはどこにも吸血鬼ということばはなく、「女性の夜叉」あるいは「ビイルゼバッブ」と表現されている。ビイルゼバッブ(Beelzebub)はヘブライ語で「ハエの王」の意。旧約聖書に出てくるペリシテ人の町エクロンの神バアル・ゼブルと同一とされるが、悪霊の君主の意もある。他にも「阿容々々」、「ベルサガアルとクレオパトラの饗宴」など、あまり見かけないことばや人名が頻出し、教養が試されているような気がしてくる。それはまあいいとして、語り手が自分のことを「わし」といい、この「わし」を必要以上に連発するので、笑うべきではないところで笑えてしまうのは困る。たとえばこんな具合。
「わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ。君には、わしは何一つ分隔てをしないが、話が話だけに、わしより経験の浅い人に話しをするのは、実はどうかとも思つてゐる。何しろわしの話の顛末は、余り不思議なので、わしが其事件に現在関係してゐたとは自分ながらわしにも殆ど信じる事が出来ぬ。」
全体としてはまあ読みやすい訳ではあるが、「橙色がかった真紅の天鵞絨」とか、つっこみどころ満載の訳でもある。(2012.7.22読了)
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by nishinayuu | 2012-09-11 20:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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