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『金色の玄関に』(タチヤーナ・トルスタヤ著、沼野充義・沼野恭子訳、白水社)


c0077412_8551551.jpg翻訳者の名前で手にとった本。ロシア生まれで現在は米国に住む著者の第一著作集で、13編の短編が収められている。
いずれの作品も特異というか斬新というか、非常に代わった文体で、テーマも焦点もはっきりしない極彩色の細密画を前にしているような気分にさせられる。数編読み進んだところで、これはいったい何だ、と思って「訳者あとがき」を見たら、作品の特徴が次のように整理されていた。「直喩や隠喩が多用され、しかも異様に拡張される」「さまざまな声や異なったレベルの話法が渾然一体と解け合っている」「文学的引用がいたるところに仕掛けられている」。すなわち、この作品は「何」が書かれているかよりも「いかに」書かれているかが命となっている作品なので、「読みづらい箇所を読み飛ばさずに一語一語をパズルでも解くように読み進んでいくと、精巧なクリスタルグラスを組み合わせて作った宮殿のようなトルスタヤの世界が、その壮麗な姿をきっと見せてくれるはずだ」というのだ。こんな親切な「訳者あとがき」は滅多にない。
極彩色の細密画を前にしているような気分、というのは間違いではなかったようだが、流し読みしたのがまずかったとわかったので、訳者の教示にしたがってゆっくり読み進めていくと、しだいに作品世界に入り込めるようになった。ただし、これは後半の作品ほどストーリー性が強まっていっているせいかもしれない。読み終わって特に印象に残っている作品を上げておく。
『オッケルヴィル川』――大好きな歌手ワシーリエヴナのレコードを聞きながらシメオーノフは、想像のなかでオッケルヴィル川のほとりに高い灰色の家を建て、そこに彼女を住まわせ、石畳みの道を歩かせる。しかし、彼女がまだ生きているという情報を得たとき、「オッケルヴィル川は毒々しい緑に輝きだし、生きている老婆の呼吸に毒されてしまった」。翼の生えた女神をそのまま心に抱いていたほうがよい、という心の声に逆らってワシーリエヴナの家に行ってみると、そこには取り巻きたちに囲まれてげらげら笑っている巨体の彼女がいた。
『鳥に会ったとき』――シーリンは死の鳥で、それを追い払う力があるのはカエルのお守りの指輪だけ。アルコノストはスイレンの葉に卵を産む薔薇色の鳥。その卵を見つけた人は一生世を憂えることになる。ペーチャにそんな不思議な話をしてくれるタミーラ。そんな話に魅せられているペーチャのこともタミーラのことも小馬鹿にしているボーリャおじさん。シーリンがおじいちゃんを絞め殺したとき、ペーチャがタミーラのところに飛んでいくと、カエルのお守りの指輪が床に転がっていて、タミーラのベッドにはボーリンおじさんがいた。
『奇術師』――高層アパートの高級感の漂う部屋、心地よい音楽、魅力的な会話で人びとを魅了するフィーリン。そんな彼の家に招待されるのを無上の名誉と感じているガーリャと夫のユーラ。「フィーリンの宮殿の上に広がる夕べの空は、褐色と紫色の光と戯れる、本当のモスクワの、芝居かコンサートのような空だ。それに引きかえガーリャたちの住む、郊外の環状道路の辺りでは……」。ナディア・コマネチへの言及もある現代の話。
『ペテルです』――子どもの時「ペテルです」と自己紹介をしたら回りの大人たちが喜んだのがもとで、「ペテルです」というのが名前のようになった男の物語。なんの取り柄もなく、誰からもまともに相手にされないままに大きくなり、それでもなぜか結婚はした。しかしその女が家を出て行ったとき、ペテルですはそっと目を開けて起き上がる。「年老いたペテルですが窓枠を押すと何千という黄色い鳥たちがぱっと飛び立ち、(中略)望むものも惜しむものも何ひとつないペテルですは、人生に感謝をこめてほほえみかけるのだった。かたわらを走りすぎる人生、冷たく、恩知らずで、人をだましたりあざ笑ったりする人生、意味のない、他人の人生――それでいてすばらしい、すばらしい、すばらしい人生に。」(2012.7.19読了)
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by nishinayuu | 2012-09-08 08:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2012-09-08 11:26 x
ロシアの民話の雰囲気も漂うようなお話ですね。著者の名前から文豪トルストイの一族かと期待してしまいました。
Commented by nishinayuu at 2012-09-11 20:20
レフ・ニコラーエヴィチ・トルストイの一族ではなく、アレクセイ・ニコラーエヴィチ・トルストイの孫だそうです。アレクセイはショーロホフとならぶソヴィエト文学の巨匠だそうです。文豪のほうではなく、巨匠のほうの一族というわけです。もう一人、アレクセイ・コンスタンチーノヴィチ・トルストイという作家もいるようで、しかも三人とも貴族階級です。トルストイというのはエリートの名前なのでしょうか。
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