『エルサレムの秋』(アブラハム・B・イェホシュア著、母袋夏生訳、河出書房新社)


c0077412_1083572.jpg『הסיפורים』(אברהם ב. יהושצ)
『HASIPURIM』(Abraham B. YEHOSHUA)
著者は1936年生まれで、イスラエル文学界を代表する作家。本書には2つの作品が収められているが、どちらも映画化・戯曲化されているという(訳者のあとがきによる)。
『詩人の絶え間なき沈黙』――舞台はテルアビブ。語り手は、かつては世間に知られた詩人だったが、筆を折って久しい。老境に入ってから予定外の息子が生まれ、その精神的・肉体的苦痛から妻は世を去る。二人の娘たちは慌てて結婚相手を見つけて家を出る。かくして語り手は男手一つで息子を育ててきたのだが、この息子がいわゆる「境界線上」の子どもだった。小学校では教室の片隅に押しやられ、体よく掃除係や用務員の助手をやらされ、17歳でやっと卒業させてもらった。卒業間際に授業で父親の詩が取り上げられたことから、息子は父が詩人だったことを知って心を動かされたらしく、父親に詩を書かせようとする。自分が詩の韻律を失ってしまったことを知っている父親は、そんな息子が煩わしい。「そんなに言うなら自分で書け」と父親は、文字が書けない息子に向かって暴言を吐く。それまで父親に逆らったことがなく、几帳面で整理整頓だけは得意だった息子が、家を空けたり、父親の古いノートのページを破って捨てたりし出す。そんな息子を父親はきつく叱るが、息子はことばを紡ぎ出そうともがいていたのだった。
『エルサレムの秋』――舞台はエルサレム。秋とはいっても灼熱の夏の名残が強く漂う町で繰り広げられる三日間の物語。語り手は高校教師をしながら大学の数学の卒論に取り組んでいる青年。かつてキブツにいた時に一人の美しい女性に報われない恋をした。その女性のパートナーからとつぜん、ふたりそろって大学の入試を受けたいので、3歳の男の子を三日間だけ預かってほしい、という連絡が入る。エルサレムには語り手しか知り合いがいないからと。断っても当然の話なのに、なぜか語り手は引き受けてしまう。キブツを出てから5年、最後に彼女に会ってから3年も経っているのに、語り手は「怠惰のせいで、未だに彼女に恋心を抱いている」のだった。そしてその子ども・ヤーリが父親の手で連れてこられる。「驚愕するほど、壮快なくらい、母親にそっくり」だった。語り手は酷暑の街にヤーリを連れ出し、欲しがるものは何でも与える。動物園→アイスクリーム→プール→またアイスクリーム、そして冷たいソーダ水→ブランコ。動物園では高い塀に上って下りられなくなってもしばらく放っておいた。プールでは身体が冷え切っても水から上げてやらなかった。ブランコを大きく揺らして泣くほど恐がらせた。語り手はヤーリを可愛がっているのか、虐めているのか、自分でもわけがわからなくなっている。そしてヤーリは39度4分の高熱を出す。「どうやってこの喜びを隠そう」と語り手は思う。ヤーリが病気で死に、彼女と夫と自分が泣き崩れて抱き合う場面を想像する。そうすれば語り手の、報われなかった愛への復讐が成就するのだ。やがてヤーリは解熱剤が効いて回復するが、今度は語り手が吐き気を覚え、食欲もなくなる。三日目にヤーリを迎えに来た親たちは、語り手がげっそりやつれているのを見て驚き、「この子、あなたになんてことをしたの?」と聞くのだった。(2012.7.10読了)
☆タイトルと著者名をいちおうヘブライ文字で表記してみましたが、間違っているかも知れません。
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by nishinayuu | 2012-09-02 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2012-09-02 11:28 x
イスラエルの作家の小説を読んだことがありませんが、おもしろいですね。ユーモアがありますね。「怠惰のせいで、未だに彼女に恋心を抱いている」は純愛信奉者への現実主義者からの皮肉ですね。
Commented by nishinayuu at 2012-09-05 18:28
『エルサレムの秋』は内容も装丁も気に入りました。図書館で借りて読んだので、手許に残っていないのが残念ですが。
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