『無伴奏組曲』(アラン・ジョミ著、松本百合子訳、アーティスト・ハウス)


c0077412_9455054.jpg『Heureux Comme à Monterey』(Alain Jomy)
1997年の夏、モントレイにあるホテルの前でタクシーを降りた語り手は、ホテルのエントランスで一人の老人を見かける。老人は階段の一番上に、ほとんどうずくまるように座り、じっと語り手を見つめている。語り手は男の青い目に捕らわれ、ふと、このまなざしと出会ったことがある、と思う。そしてすぐにこの老人が誰なのか、思い当たる。オフィスの机の上に置いてある写真に写っている30歳くらいの男、当時6歳だった語り手を肩車して笑っている男―カール・シュヴァルツだと。
カールは1ヶ月前にこのホテルの前で、長い間探し続けてきた妻のカミーラを見かけた。カミーラにしては若すぎるとは思ったが、とにかくカミーラそっくりのその女性にまた会うために、カールはホテルの階段に座っていたのだった。語り手はカールにドイツ語で呼びかけ、驚いているカールに自分のことを説明し、またカールからこれまでのことを聞き出す。二人が写っている写真は50年前、パリ郊外のモンモランシーで撮られたものだった。そのときカールは、チェロの恩師である語り手の祖父を訪ねてきたのだが、祖父はすでに他界していた。カールは恩師の形見のチェロでバッハの無伴奏組曲第4番の「サラバンド」を弾いた。チェロを手にしたのは3年ぶりだというカールに語り手の母(カールの恩師の娘)は形見のチェロを譲った。その後カールはプラハに移り、語り手たちは米国に渡り、互いの消息は途絶えた。それが思いがけず、遠いカリフォルニアで再会することになったのだ。
カールは、かつて芸術と自由の都市、ユダヤ人の都市だったプラハで、チェロ奏者としてキャリアを積み始めていた。そのときチェコ・フィルハーモニーのステージ・ディレクターだったベルマンの娘・カミーラと出会って愛し合った。ナチスの収容所・テレジンでも仲間の協力で愛を育み、子どもが生まれたが、そのせいでカミーラは生後3日の子どもとともにアウシュヴィッツに強制移送されてしまった。収容所から生還を果たしたカールはカミーラを探し続けた。パリからプラハへ、そしてアメリカへ。その間かつての仲間と演奏活動もしたが、今はその活動もやめて静かに暮らしていた。ところが、1ヶ月前についにカミーラを見つけたのだ。ホテルの従業員からその女性の名前と住所を聞き出して手紙を書いた。「テレジン時代の夫のカールだ。なぜルイス夫人になったのか、非難も質問もするつもりはない。ただ会いたい。そしてカミーラが愛していたバッハの無伴奏組曲第4番を弾きたい」と。それ以来カールは毎日、あの日カミーラをみかけた午後4時にホテルの階段に座り、迎えが来るのを待っているのだ。

カールとカミーラの数奇な運命と、カールと語り手の数奇な再会、という2つがほぼ同じ重みで進行していくので、感動が分散してしまうのがちょっと残念であるが、それでもなお深く心に響く物語である。バッハの無伴奏組曲第4番を改めて聴かずにいられなくなることも確実。(2012.7.7読了)
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by nishinayuu | 2012-08-27 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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