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『そうはいかない』(佐野洋子著、小学館)

c0077412_1862665.jpg読書会「かんあおい」2012年7月の課題図書。読書会で佐野洋子を取り上げるのは『シズコさん』に次いで2冊目。
エッセイのようでもあり、短編作品のようでもある33の話が収録されている。老いた母親と娘たち、夫と妻、夫婦と息子あるいは娘、飼い猫あるいは飼い犬、友人たちなど、それぞれの話の主役は話ごとに異なるが、いずれも著者の身近にいる人たちが原型になっていると思われる。だから著者の家族やら友人やら芸術家仲間に近しい人が読んだら、これは○○さんだ、こっちは△△さんだ、とすぐわかるに違いない。中には『ポリバケツの男』のサワノヒトシや「私の落ち度」の映画監督・赤沢宏のように名前から類推できてしまう人物もいる。『しずこさん』を読んだ時も思ったが、こんな風にあっけらかんと内輪のことをばらしてしまう人が自分の身内にいなくてよかった、とつくづく思う。それはそれとして、ある日ある時の場面をとらえて、時にはユーモラスに、時には辛辣に描写してみせる著者の滑らかな筆さばきは見事なもので、恐れ入りました、と言うしかない。
笑える台詞が出てくる話を以下に挙げる。
『あの人』――語り手のことば。「私、恋愛ってきれいな人だけがするもんだと思っていた。きれいでない人が恋愛するとインランな人に見えた。」
『愛は勝つ』――ガールフレンドの家に初めてやってきた青年が、娘の母親の悪ふざけにのせられて「愛は勝つ」を懸命に歌った。彼が帰ったあと、母親は大笑いし、父親は「あほとちゃうか」と一言。
『私の落ち度』――お調子者の新聞記者が、仕事が来るのはあなたが美人だから、と言ったのに対して着物デザイナーの円まりえが言う。「私の作品が私の美貌に劣るわけ?え、そうなの。きれいに生まれてきた私に何か落ち度があるの」。
『ニューヨーク・ニューヨーク』――レストランで、アメリカの若者たちに比べて自分の見てくれがみすぼらしいのに気づいた夫が落ち込んでいると、異様な風体の日本人夫婦が現れる。夫は着物に袴、ステッキを持ってトンビを着た老人、妻は銀鼠の着物にグレーの和装コート。老人がきれいな英国風発音で注文するとウエイターが深々と頭を下げる。すると夫が言う。「過激なじいさんだなあ」。
『クチビル』――75歳のごてごて化粧をしたアメリカのばあさんのようになった母とバスに乗った。バスが目白通りの学習院にさしかかっとたき母親が言う。「ここよ、母さんが初めて父さんにクチビルヲユルシタノハ」。バスの乗客はいっせいに母を見た。
『五人目の女』――「まず腹が立ったのは、その女がたいした美人じゃなかったことよ。」「あの女にどんなブラウスを着せても、そのへんの自然食運動のオバサンみたいになるか……」。(あるいは草木染めオバサン?)
他に印象的だったのは以下の作品。
『犬のゴロー』――犬嫌いの父親が、娘がもらってきた犬の世話をするはめになる。気に入らなくていつも腹を立てていたその犬が事故で死んでしまうと、家族の思惑に反してお金のかかる個別葬にするは、庭にお墓を作って欠かさずお参りするは、と意外な展開に。
『倉の中のご隠居さま』――隠居の雷造-息子の良道-孫の一助、と代々親子の間柄が険悪な中できちんと家を継いできた一族。それで一助の妹が次兄の二助に言う。「一助あんちゃん心配だなあ。あそこんちはばかに親子仲がいいだに」。
『こっちは段々畑、ずーっとね』――語り手が絵を描きながら田舎のお墓の場所を説明する。「こういう風に家があって、ここのところにお倉があって、その横に松の木があって、こっちは段々畑、ずーっとね」。
(2012.6.19読了)
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by nishinayuu | 2012-08-12 18:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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