『花いくさ』(鬼塚忠著、角川書店)


c0077412_10404667.jpg読書会「かんあおい」2012年6月の課題図書。2011年4月の課題図書だった『利休にたずねよ』は秀吉と利休の「茶のいくさ」の物語だったが、こちらは秀吉と池坊専好のあいだに繰り広げられた「花のいくさ」の物語である。
「京のへそ」のような位置にあって町衆に「六角さん」と親しみをこめて呼ばれる六角堂は、正式名を紫雲山頂法寺という由緒ある寺である。本堂にはいつも見事な花が供えてあるが、この花を立てるのは寺の住職である専好で、大勢の見物人が花を生ける僧を、そして生けられた花を見に集まる。池坊の花は戦乱の世に人びとの癒しとなり、人びとの思いを背負って進化したもので、専好はその精神と技術の継承者だった。
永禄3年(1560年)、専好は信長の依頼で尾張・清洲城の大広間に花を立てる。これを見た利休は「いつもの六角さんの花とは別人の花のようだ。花が怖い」という印象を受けたが、これをきっかけにふたりの交流が始まる。そして二人は花の道・茶の道について語り合う仲になっていく。切磋琢磨しつつ精進を重ねる二人は、「北野大茶湯」で人びとの賞賛の的となる。これを耳にした秀吉が怒りを爆発させたため、10日の予定だった茶会は1日で幕引きとなる。
秀吉と利休の確執が利休の死で幕を閉じるに至ったとき、専好は利休の闘いを引き継いで秀吉に立ち向かう。「花いくさ」の始まりである。そしてこの「花いくさ」は文禄3年(1594年)9月の末に大団円を迎える。前田利家の依頼により、専好が利家邸の座敷に太閤秀吉に見せるための花を立てることになったのだ。

池坊専好の伝記といった趣の作品であり、専好が好意的に描かれているのはもちろんであるが、利休も、前田利家も、最終的には秀吉さえも好意的に描かれているので、後味はよい。『利休にたずねよ』のような格調の高さはないが、その分わかりやすい作品である。なお、清洲城の大広間の立花を再現したものは下記のサイトで見ることができる。(2012.6.7読了)
http://www.ikenobo.jp/event/2011/newsandtopics/20111101_maedatei.html
[PR]
by nishinayuu | 2012-08-03 10:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/18300715
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by マリーゴールド at 2012-08-07 23:49 x
茶道も華道も安土桃山時代に花開き今日の基礎をつくったようですね。そういえば日本画もそうですね。エネルギッシュな時代ですが、文化にもそういう影響があらわれているのですね。
<< 『嵐をつかまえて』(ティム・ボ... ㄱで始まる植物の名前 >>