『愛のイエントル』(アイザック・シンガー著、邦高忠二訳、晶文社)


c0077412_1003345.jpg『Yentl The Yeshiva Boy』(Issac Singer)
19世紀末にポーランドのユダヤ人村に生まれ、「身体は女性、精神は男性」であることに悩みつつも、信念を持って生きた一つの魂の物語。数多く挿入されているアントニオ・フラスコーニによる木版画が、物語をより味わい深いものにしている。
訳者あとがきによると、ユダヤ教のラビの息子としてポーランドで生まれたシンガーは、米国に渡ったのちもイディッシュ語で創作を続け、1978年にノーベル文学賞を受賞している。また、この作品は、1975年に舞台劇としてブロードウエイで上演され、その後もバーブラ・ストライサンドの製作・監督・脚本・主演で映画化されているという。

イエントルの父親はまるで息子を育てるようにイエントルを育てた。女の仕事に不向きな娘にトーラを教え、飲み込みのいい弟子である娘と勉強することを楽しんだ。そして口癖のように「おまえは男のたましいをもっているんだねえ」と言うのだった。どうしてわたしは女に生まれたんでしょう、と問う娘に、父親はこう答えた。「神様だってまちがうことがあるんだよ」。
そんな父親が亡くなると、イエントルは家も家財道具も売り払って故郷をあとにする。髪を短く切り、父の衣服を身につけたイエントルは、もともと女らしい体つきではなかったので、充分に男性として通用した。死んだ叔父の名をもらってアンシェルと名を変えた彼女がイェシバ(ラビになるための授業を受ける場所)を探していたとき、アヴィグドルという青年が一緒に行こうと誘ってくれた。こうしてアンシェルはアヴィグドルと共にベチェフに行き、勉強三昧の生活を始める。二人は急速に親しくなるが、アンシェルはあくまでも男性としてアヴィグドルに接し、女性であることがばれそうな行動は避けていた。しかし心からアヴィグドルを愛すようになったアンシェルは、思い切った行動に出る。アヴィグドルが愛していながら結婚できなかったハダスと、アンシェル自身が結婚してしまうのだ。しばらくの間仲むつまじく暮らしたあとで自分が彼女のもとを去れば、傷心の彼女をアヴィグドルが救うという形で二人は結婚できる、と考えたのだ。この計画をアヴィグドルに受け入れさせるために、彼女は自分の本名と素性を打ち明ける。衝撃を受け、取り乱し、なかなか承知しないアヴィグドルを説得したのは、アンシェルでもあり、イエントルでもあった。こうしてアンシェルは忽然と町から消えてしまう。町の人びとに大きな謎と疑惑を残したまま。
物語の最後は読者に「涙と笑い」の感動をひきおこす次のような文で終わっている。
「(アヴィグドルとハダスの)結婚式のあと、まもなくハダスは妊娠した。生まれたこどもは男の子だった。割礼式に集まった人たちは、父親がその子にアンシェルと名づけたとき、ほとんど自分たちの耳を疑った。」(2012.5.9読了)
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by nishinayuu | 2012-07-04 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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