『青の物語』(マルグリット・ユルスナール著、吉田可南子訳、白水社)


c0077412_9394093.jpg『Conte bleu』(Marguerite Yourcenar)
歴史小説『ハドリアヌス帝の回想』などで知られる著者の若い頃の作品3編を収録した短編集。1987年に著者が亡くなったあと、残されていた作品をまとめたもので、いずれも20代後半に書かれたものだという。
『青の物語』――船は青い海を渡り、帆は藍色の影を投げかけ、水先案内人は青い頤を撫でる。とある岸辺の青みがかった筋の走る大理石の上を、商人たちは微妙な青さの影を後ろに引きながら歩む。寺院の丸屋根には青い色で書かれた銘がふるえ、トルコ石が微かな音を立てて落ちてくる絨毯の色は褪せた青で、空はセイレーンの尾のように青く、山々はケンタウロスの青くて毛足の短い尻のふくらみに似ている。冒頭の20行足らずの間にこれだけびっしりと青が詰まった青い世界の物語。
登場するのは商人たちと宮殿の女たち、ヌビア人の男(この男だけは黒い)、商人たちの取引相手、そして女乞食。商人たちの出身地はギリシア、オランダ、イタリア、トゥール(フランス)、カスティーリャ(スペイン)、アイルランド、バーゼル(ドイツ)とさまざまで、洞窟で青いサファイアを手に入れた彼らがそのあと辿った運命もさまざまである。
『初めての夜』――レマン湖のほとりのモントルーに新婚旅行に出かけた男女の物語。解説によると、もともとは著者の父であるミシェル・クレイヤンクールが書いたものを、娘に練習として書きあらためるよう勧めた結果できあがった作品だという。さらに解説は、「女となったときには凡庸な人間となるべく運命づけられているこの若い娘」という男の視点の中に、「魅力を失い、性格が歪み、結婚生活のあらゆる卑小なことへと貶められてゆく」のを絶対に避けよう、という著者の決意がこだましており、著者はそういう人生を貫いた、とも言う。それだからか、二人の主要人物は、ごく平凡で素直な女性と、知的で思索的な男性にくっきりと描き分けられており、話は主として男性の視点で展開していく。それはそれとして、次のくだりは、男女どちらの思いもよく理解できて興味深い。
日が暮れようとしていた。はっきり見分けられるのは、線路際に立てられた踏切番の小さな家だけだった。彼女はどんな家を見ても、彼女と彼はそこで幸福に暮らせるだろうと思わずにいられなかった。/彼の方は(中略)これらの家に住む人びとは、急行列車の乗客を羨ましいとは思わないのだろうか、と考えていた。彼らはある晩、その急行列車に乗るという誘惑に負けはしないのだろうか、と。
『呪い』――時代は魔術や魔女が生きていた頃。所はフランスの片田舎。死の病に冒された美しい娘アマンドを村の女たちが取り囲んでいる。厄払いをよくするカタネオ・デーグが呼ばれていた。アマンドの着ていたものが沸き立った湯の中に投じられる。その鍋をのぞき込めば、アマンドに呪いをかけた者が見えるはずだった。アマンダが沸き立った湯をのぞき込んだとき、アルジェナールが叫んだ。「わたしじゃない」と。25歳の若者アンベールの愛を取り合っていたアマンダとアルジェナールだったが、アンベールが選んだのはアマンダだった。だからアマンダはアルジェナールを恨んではいなかった。自分のほうが幸せだった、と思いながらアマンダは力尽きて死ぬ。そのときカタネオ・デーグが「どんな儀式を使って呪ったのか」とアルジェナールに迫る。しかし彼女はどんな儀式も使っていなかった。ただ呪ったのだ。ピエモンテ地方から来た亡命者の娘で、下女のように使われていたアルジェナール。魔女に変身した彼女が夜の空を振り仰いだとき、「星々は彼女に向かって、うち震える大きな線で、魔女のアルファベットの大きな文字を描いた。」と、物語は幻想的に締めくくられる。(2012.5.2読了)
☆「魔女のアルファベット」とはルーン文字、テーベ文字などのことで、魔術や魔女好きの人には常識らしいが、nishinaは「はじめて知った今知った」のでした。
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by nishinayuu | 2012-06-27 09:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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