『傍聞き』(長岡弘樹著、双葉社)


c0077412_1681453.jpg「かたえぎき」とルビが振ってある。2012年の「おすすめ文庫王国」国内ミステリー部門第1位の短編集。また、表題作は08年に第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞している。4編の収録作品はいずれも心温かい人びとが登場する人情小説で、特に表題作は家庭小説としてもいい線をいっている。ただ、『899』の場合は、母親に精神的なサポートと見守りが必要だと思われるのに、人情小説で終わってしまっていいのか、という疑問が残る。この小説ではそこまで扱う必要はない、と言われればそれまでだが、この1編だけは後味がすっきりしない。それぞれの作品を以下に簡単に紹介する。

『迷走』――救急車が怪我人を乗せて病院へ向かう。しかし病院に到着した救急車は、患者の搬入口へは向かわず、駐車場を一回りすると病院から出てしまう。そのあとも救急車は、救急隊の隊長の指示に従って、まるで迷走するかのようにあたりをぐるぐる回る。サイレンを鳴らしたまま。そして隊長は耳に携帯電話をつけたまま。その携帯は、先刻隊長が通話した相手とつながっていた。
『傍聞き』――刑事である羽角啓子は小学校6年生の娘・菜月と二人暮らし。菜月は何かというと母親に腹を立て、そのたびに黙りを決め込む。最近は母親に言いたいことを葉書に書いて投函する戦術をとりだしたが、宛先の住所がまぎらわしい字で書いてあるため、「誤配」されて近所の老女・フサノのところに行ってしまうことが多い。そのたびにフサノは葉書を届けに来てくれる。啓子としては、少し前に泥棒に入られて落ち込んでいるフサノに手間をかけるのも申し訳ないし、母と娘の不和を知られてしまうのも気まずいので、住所を正確に書くように、そもそも葉書戦術はやめるように、と菜月に注意する。けれども菜月にはある思惑があったのだ。
『899』――消防士の諸上祥吾は隣家の新村初美に惹かれている。「あいり」という赤ん坊を一人で育てている若い女性だ。祥吾は、夜中によく「あいり」の泣き声が聞こえることなどを話題にして、初美と徐々に親しくなっていく。そんなある日、初美のアパートで火事が起こり、初美の部屋にも火が迫る。部屋には「あいり」がひとりでいるはずだった。(899というのは作中の消防署における“要救助者”を意味する消防無線の符牒だそうだ。)
『迷い箱』――設楽結子は出所直後の元受刑者のための更正施設の施設長を務めている。先月入所した碓井章由は、今日6月18日から飯塚製作所の社員寮に入る。結子は飯塚に、今日は特に碓井に注意するようにと頼む。三年前の今日、碓井は泥酔状態で自転車に乗り、小学生の女の子を跳ねて死なせていた。そして女の子の身内から「娘の命日に彼女と同じように苦しみながら死んで下さい」という手紙を受け取っていたのだ。しかしその日(月曜日)、碓井は死ななかった。その日から金曜日までかけて、碓井は飯塚に教えられたとおり、「迷い箱」に入れた捨てきれないものを一日に一回ずつ見ながら、捨てる決心をしていく。(2012.4.17読了)
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by nishinayuu | 2012-06-06 16:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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