『オリクスとクレイク』(マーガレット・アトウッド著、畔柳和代訳、早川書房)


c0077412_8392843.jpg『Oryx and Crake』( Margaret Atwood)
2001年3月に構想を得て書き始め、2003年に発表した作品。人類滅亡後の北米を舞台にした「マッドアダム」三部作の第一作目で、第2作目の『洪水の年』(The Year of the Flood)も2009年に刊行されているが、邦訳はまだ出ていない。
人類の生き残りであるスノーマンは海辺の木の上で目をさます。沖合には瓦礫となった高層ビル群がバラ色の光線の中に浮かんでいる。汚れたシーツを身体に巻き付け、レッドソックスの野球帽の複製をかぶり、片方のレンズがないサングラスをかける。木の下のやぶには、わずかな食料と淡水を保存するためのビールビンがビニール袋に入れてしまってある。頭に浮かんだ文章の断片を声に出してみるが、続きが思い出せない。地べたに腰を下ろして、最後の一個のマンゴーを食べはじめる。
海辺では子どものクレイカーたちが遊んでいる。紫外線に強い滑らかな肌をした裸の子どもたちだ。子どもたちはスノーマンにクレイクやオリクスのことを聞きたがる。クレイクやオリクスが今どこにいるのかを知っているのはスノーマンだけだからだ。
スノーマンはジミーという名前だった頃のことを回想する。父親は〈オーガン・インク・ファーム〉という企業に勤める遺伝学の精鋭で、〈ピグーン〉計画の主要設計者のひとりだった。〈ピグーン〉計画の目標は遺伝子を導入した豚を使ってヒト組織からなる各種の臓器を培養することで、やがて一頭のピグーンで5、6個の臓器を同時培養できるようになった。会社は〈ヘーミン地〉と呼ばれる〈都市〉とは離れたところにあった。ジミーの家は会社の構内にあり、常に〈コープセコー〉という警備隊によって管理・警護されていた。父親はそんな構内を中世の城のように安全だと言ったが、母親は「何もかも人工で、テーマパークで、決して昔には戻れない」と言った。微生物学者でかつては父親と同じ会社で働いていた母親は、会社を辞め、やがて家庭も捨てて去っていった。その頃一家は父親が転職した大企業〈ヘルスワイザー〉の構内に住み、ジミーは校内の高校に通っていた。そんなジミーの前にクレイクが現れたのは、母親が姿を消す数ヶ月前だった。「あの子は知的に高潔よ」と母親が評したクレイクは、ジミーにとって唯一の友人となり、クレイクにとってもジミーが唯一の友人となった。そして二人はあるとき、小さな妖精のようなオリクスを発見したのだった。
物語はスノーマンが語る現在と、スノーマンが回想するジミー時代という二つの時の流れと共に展開していく。先端科学にも歴史や文学にも明るい著者の縦横無尽な筆が描き出す世界は、もの悲しいと同時に幻想的美しさに満ちている。(2012.3.20読了)
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by nishinayuu | 2012-05-04 08:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-05-04 18:27 x
過去を向いた童話ではなく、未来に起こりそうなことを描いた童話のようですね。科学の発展をどこまで読者が受け止められるかが問われているような気がします。ぜひ読んでみたいです。
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