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『過程』(ハリー・ムリシュ著、長山さき訳、国書刊行会)


c0077412_1641554.jpg『De Procedure』(Harry Mulisch)
オランダでもっとも偉大な作家のひとりだというハリー・ムリシュは、1927年生まれでアムステルダム在住。1999年にこの作品でリブリス文学賞を受賞している。
本書は証文A、証文B、証文Cという三つの部分からなり、証文Aの第一文書から証文Cの第十二文書までの12の文書で構成されている。
証文A「話すこと」は「人間」「登場人物」「ゴーレム」「ヴィクトル・ウェルカー」という4つの文書からなっている。始めに、ヤハウェは「人間の創造」に当たって「手引き書」を使用したこと、したがって「手引き書」の文字であるヘブライ語の22の文字に、物質から人間への推移の秘密があることが語られる。続いて語り手ヴィクトル・ウェルカーが自分の物語を語り始めるのだが、その物語は語り手が作り出しているのではなく、物語自体が語り手を利用して語るのだ、云々という物語論が展開される。それから物語は16世紀末のプラハのゲットーへと舞台を移し、「ゴーレム作り」の話になる。神聖ローマ帝国皇帝の命を受けたユダヤ教のラビがゴーレム作りに取り組み、泥人形に命を吹き込むことに成功したが、そのゴーレムは危険な失敗作だったため、ラビはゴーレムを直ちに泥に戻し、はじめから存在しなかったことにしたという。証文Aの最後はヴィクトル・ウェルカーの両親による「子作り」の話、すなわち二人の出会いからヴィクトル・ウェルカーの誕生までが語られる。
証文B「情報提供者」は、本書の中でごく普通の小説らしい内容と体裁を備えている唯一の部分である。ヴィクトルから娘のオーロラへの手紙という形をとり、ヴィクトルの生い立ちからオーロラの母親であるクララとの出会いと別れのいきさつなどが語られる。クララとの関係が続いていた3年間はヴィクトルが「無機物から生命を持つ有機物を作り出すこと」(エオビオント作り)にめざましい成果を上げた時期と重なっているが、その陰で一つの生命が失われていたのだった。
証文C「会話」はヴィクトルが住むネオゴシック様式の教会堂にある住まいが舞台となっている。ヴィクトルは、その存在を知ったばかりの乳兄弟の三つ子を家に招いて会食する。三つ子たちはヴィクトルにクララと連絡をとることを勧めるが、クララは出て行くときに、連絡してこないで、という置き手紙を残していたので、ヴィクトルはクララに電話した場合のやりとりを想像して、ひとりで架空の会話を交わしたりする。思い切ってクララの留守電にメッセージを残したが、すぐに後悔して取り消しのメッセージを残そうと受話器を取り上げたとき、そこから誰かが殺し屋に殺人を依頼する会話が漏れ聞こえてくる。そしてこのあたりから物語は不条理の世界へと入り込んでいく。(2012.3.1読了)
☆「ヘブライ文字」や「DNAテキストの文字」の組み合わせや読み方など、読者に緊張を強いる記述が散りばめられていて読むのに苦労しますが、興味深い記述、「お勉強になる」記述もたくさんあって楽しめます。たとえばヴィクトルの白いキャデラックのオープンカーは「言語学者のノーム・チョムスキーから譲り受けたものだ」(!?)とか。世の中に反時計回りの時計があることも初めて知りました。「ヘブライ語は右から左に書かれるため」、という説明はあまり納得できませんが。調べてみたら、反時計回りの時計はネットの通信販売でも手に入るのですね。
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by nishinayuu | 2012-04-21 16:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-04-21 19:42 x
聖書の世界もユダヤ教の世界もよくわからないと難解に感じるでしょうね。文化の違いが理解度の差になるのでしょう。あまりよくわからないと小説とは作家が作り出した妄想の世界かといいたくなりますね。
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