『時をこえる風』(フレデリック・フォーサイス著、篠原愼訳、角川書店)


c0077412_9192040.jpg『Whispering Wind』(Frederick Forsyth)
フォーサイスには珍しいラブロマンスもの、ということで評判の作品。適度におもしろく、適度に感動できる作品である。
1876年、米国西部のモンタナ州で起こった第7騎兵隊とネイティヴ・アメリカンの戦いを背景に、白人青年とシャイアン族の娘の恋が描かれる。前半はほとんどが壮絶な戦闘の場面で、カスター将軍をはじめとする将兵たちの醜さと無能ぶりが浮き彫りにされる。そんな中で騎兵隊の現地案内人として雇われたベン・クレイグはシャイアン族の娘と恋に陥り、騎兵隊とシャイアン族という二手の追っ手から逃れて奥深い山の洞窟に逃げ込む。そのとき二人の前に老シャーマンが現れ、娘は婚約者の許に帰らなければならない、しかし二人は必ずまた会う運命にある、と告げる。そこでクレイグは娘を馬に乗せて部族の許に送り返し、洞窟の奥で眠りに就く。その夜、山は異常な寒気に襲われ、クレイグたちを追ってきた騎兵隊の兵士たちは全滅する。後半は深い眠りから覚めたクレイグが、洞窟をあとにして外の世界へ出て行くところから始まり、一気にファンタジーの世界へと突入する。
主な登場人物はベン・クレイグ(大自然の中で育った24歳の青年)、ささやく風(シャイアン族の美しい娘)、カスター将軍、ブラドック軍曹、ルイス憲兵軍曹、トール・エルク(シャイアン族の長、ささやく風の父親)、シッティング・ブル(スウ族の長)、クレージー・ホース(オグララ・スウ族の長)、イングルス教授(モンタナ大学西部開拓史学科の主任教授)、シャーロット・ベヴィン(イングルス教授の助手)、リンダ・ピケット(ビリングズ小学校の教師)、ビル・ブラッド(大牧場の経営者)、ポール・ルイス保安官など。さらにベン・クレイグの愛馬・ローズ・バッドも主役級の登場者である。
人物像はくっきりと描き分けられている。ベン・クレイグは容姿も優れ、資質にも恵まれたほとんど完璧な主人公。シャイアン族の娘と小学校の教師の二人も優しくて美しい女性。騎兵隊のルイス憲兵軍曹は「無愛想で融通はきかないが、決して冷たくはない」人物であり、ルイス保安官は「優秀な治安警察官で、ものに同じない、確乎不抜の精神の持ち主だが、同時にまた優しさも併せ持っている」のだ。一方、ブラドック軍曹は野卑な乱暴者であり、牧場主のブラドックは「もめ事はすべて拳で、しかも大抵の場合自分に有利なように決着させるという流儀で押し通し」てのし上がった人物だ。
ところで、ルイス憲兵軍曹はクレイグを縛っていた革紐を解いてやった直後に戦死し、ルイス保安官の祖父は「騎兵隊員だったが、女房と男の赤ん坊を残して、平原で戦死」している。また、ブラドック軍曹は「リンカーン砦で長い退屈な冬を過ごす間に、(中略)洗濯女に男の子を産ませ」ており、牧場主のブラドックの祖父は平原の対インディアン戦争で死亡した騎兵隊員の私生児として産まれた」という。ここから引き出せる結論は――「美人の血も、心の温かい人の血も、下劣な人間の血も、すべて子孫にそっくりそのまま受け継がれる」ということだ。
角川書店の文庫『囮の掟』には表題作品とこの『時をこえる風』の二つが収録されている。『囮の掟』のほうは麻薬捜査官と麻薬密輸犯との駆け引きの話だが、最も怪しくない人物が犯人、というよくあるパターンの上、何となくあやふやな部分があってすっきりしない作品である。(2012.1.23読了)
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by nishinayuu | 2012-03-21 09:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2012-03-22 13:51 x
前世で果たせなかった夢を主人公は眠りから覚めて果たすのでしょううか。映画の西武劇は見たことがあるけれど、小説を読んだことがないので読んでみたいです。
Commented by nishinayuu at 2012-03-23 00:01
『時をこえる風』はHさんがお持ちです。Hさんから借りてぜひ読んでみてください。
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