『旅をする裸の眼』(多和田葉子著、講談社)


c0077412_9484771.jpg13の章からなる物語で、第1章の1988年から第13章の2000年まで、章ごとに1年ずつ進んでいく。また、各章には副題のように映画の題名とその公開年次が記されている。13年間の世界情勢の変化は遠くにおいてあまり語らず、映画の中の世界を全面的に取り込んで展開させて行く、不可思議な魅力にあふれた作品である。
主人公の「彼女」は1988年、米軍が撤退したあとの共産主義国家ベトナムで高校生活を送る優秀な女学生だった。その年、東ベルリンで開催される「青年大会」で、彼女は「アメリか帝国主義の犠牲者の生の声」を聞かせる役割を与えられ、ロシア語の原稿を携えて一人旅の途につく。東ベルリンに到着し、案内されたホテルの食堂で、モスクワ留学を終えて西ドイツに帰る途中のヨルクという青年とウオッカを飲んでいるうちに彼女は意識がもうろうとなり……気がついた時は西ドイツはボーフムという町にいた。こうして拉致されるようにして東ベルリンから連れ出され、ヨルクに囲われて暮らすことになった彼女は、やがて町外れを大陸横断鉄道が通ることを知る。そしてある日彼女は、ヨルクの部屋を抜け出し、線路脇で出会った女性(何者かはずっとあとの章で明かされる)の不思議な行動に助けられて列車に飛び乗る。モスクワ経由でベトナムに帰るつもりだったのだ。ところが彼女が乗ったのは逆方向のパリに向かう列車だった。
こうして彼女はパリで不法滞在者と暮らすことになる。人びとの眼、特に警官の眼を避けるために彼女は映画館に逃げ込む。初めて見たのがポランスキーの「リパルジョン」だった。そのとき彼女はスクリーンの中の「あなた」に強く惹きつけられる。ボーフムでベッドの中から壁を観察していた自分の姿が、「リパルジョン」のなかの「あなた」と重なったのだ。それから彼女は「あなた」に会うために、言葉も分からないままに映画館に通い続ける。同じ映画を2度3度と見ることもあった。そして彼女の物語は映画の中の「あなた」の物語と奇妙な絡まりを見せて進行していき、ついに「あなた」は彼女の「親友」となり、彼女が映画館に入ると必ずちゃんといつも隣にすわっている。彼女の旅に終わりがあるのかどうかはわからないまま、物語はここでぷつりと終わっている。最終章で彼女が読みたがっていた手紙はだれからのものなのかも明かされないまま。
彼女は放浪の旅の途上で上記のヨルクのほかに、パリ行きの列車内で知りあった同じベトナム人の女性・愛雲(アイ・ヴァン)、パリで最初に彼女にねぐらを提供してくれた街娼のマリー、映画館で知りあった青年シャルル、その友人でベトナム人の外科医・旋鈴(トゥオン・リン)などと関わりを持つ。彼らとのことを語る文は「……だ」調であるが、「あなた」を語る文、「あなた」に話しかける文は「です、ます」調になっていることからもわかるように、ほかの登場人物とは別格の特別な存在である「あなた」とは、画面の中のカトリーヌ・ドヌーブである。以下に副題となっている映画を章の順に記しておく。
Repulsion(1965)反撥、Zig Zig(1977)恋のモンマルトル、Tristana(1970)悲しみのトリスターナ、The Hunger(1983)ハンガー、Indochine(1992)インドシナ、Drôle d’endroit pour une rencontre(1988)夜のめぐり逢い、Belle de jour(1966)昼顔、Si cétait à refaire(1976)愛読もう一度、Les voleurs(1996)夜の子供たち、Le dernier Métro(1980)終電車、Place Vendôme(1998)ヴァンドーム広場、Est-ouest(1999)イースト/ウエストはるかなる祖国、Dancer in the dark(2000)ダンサー・イン・ザ・ダーク(2011.11.17読了)
☆ちょっとびっくりの校正ミス――第9章の始めにある章の扉に1988とありますが、正しくは1996のはずです。
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by nishinayuu | 2012-02-02 09:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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