「ほっ」と。キャンペーン

『失われた時を求めて 12』(マルセル・プルースト著、鈴木道彦訳、集英社)


c0077412_10335045.jpg物語の最終章である「見言い出された時」の前半を収めた巻である。語り手は第一次大戦前にパリから遠く離れた療養所に入り、大戦が始まった直後の1914年8月に診察を受けるために一度パリに戻った。この頃語り手は自分には文学的才能がないのではないかと疑い、書くこともあきらめていたという。大戦さなかの1916年に再びパリに戻ったが、その後また長い療養生活に入って、戦後かなり経ってからパリに戻ったことになっている。こうした2度にわたる長い療養生活についての記述はいっさいなく、この巻で語られるのは戦時下のパリにおける友人知人の動向と、行きつ戻りつしながら展開する「文学論」である。
この「文学論」の部分は実に詳細で粘っこく、(訳文も難しくて)ついていくのに骨が折れるが、なんとか語り手の悩みにつきあっていると、ある日、語り手はゲルマント邸の中庭に入っていく。そして敷石に躓いた瞬間、語り手はいっさいの失望から解放され、かつてお茶に浸したマドレーヌを口にした時に感じたのと同様の幸福感に満たされる。そのあとも語り手は皿にぶつかるスプーンの音、口を拭ったナプキンの感触、水道管の立てる音などが呼び覚ます幸福感に満たされ、その幸福感の依って来たるところを解明することによって文学への信頼を取り戻していく。
「文学論」と並行して、語り手の友人、知人たちの動向も語られていく。戦時下のパリでもヴェルデュラン夫人は、気に入らない人物(シャルリュス氏、ブリショたち)を笑いものにしつつ新しい取り巻きを補充して、有力なサロンの女主人であり続けている。醜く老いたシャルリュス氏は、郊外のホテルでソドムの世界にどっぷりとつかっているところを語り手に目撃される。そんな中で語り手はサン・ルーについて次のように語っている。
サン・ルーが私の部屋に入ってきた時、私はおびえの感情とともに、超自然のものを見るような印象を抱きながら彼に近づいたのだが、それは考えてみるとすべての休暇中の軍人の与える印象であり、(中略)彼らは死の岸辺から一瞬私たちの間に戻ってきたのであり、再び死の岸辺に引き返していこうとしていたのである。(中略)私が近づいたロベール(サン・ルー)は、額にまだ傷跡を残していたが、それは私にとって、地上に残る巨人の足跡以上にいかめしく神秘的だった。
また別のところでは次のようにも言っている。
私をはっとさせたのは彼(一人の将校)の身体が実に多くの異なった地点を通り過ぎたのに、まるで包囲攻撃を受けた者が脱出を試みるように、それがわずか数秒の間に行われたという、この異常な不釣り合いである。そんなわけで、私はそのとき、それがサン・ルーだとはっきり見分けられたわけではないけれども――また、サン・ルーの物腰や、しなやかさ、その歩き方や敏捷さを思い浮かべたとさえ、言うつもりはないけれども――神出鬼没の彼に特有の一種の偏在性を思い浮かべたのだ。
このように語り手に深い印象を残して、語り手の親友であり初恋の人ジルベルトの夫でもあるサン・ルーは、ついに戦場から戻ることなく語り手の世界から立ち去っていく。もう一人、ジルベルトのゆかりの人物であるスワンについて語り手は、「考えてみれば、私の経験の内容は私の書く本の素材になるものだが、これは結局のところスワンからきたのである」と言う。スワンに出会ったことから語り手の全生涯と作品が生まれたのであり、スワンに出会わなければ、全く別の人生があったかもしれない、スワンこそが「きっかけ」だった、という意味だ。第1巻の「スワン家の方へ」の意味を改めて想起させる記述である。(2011.11.15読了)
[PR]
by nishinayuu | 2012-01-30 10:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/17371938
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< 『旅をする裸の眼』(多和田葉子... 韓国の詩「夜汽車」 鄭炳五 >>