『青い野を歩く』(クレア・キーガン著、岩本正恵訳、白水社)


c0077412_103015100.jpgアイルランド生まれの作家による、アイルランドの香りいっぱいの短編集で、原題はWalk the Blue Fields。時間が止まっているかのような辺鄙な村で、男たちは封建的な世界に生き、女たちは秘かに飛翔の時を待っている。
『別れの贈り物』――ぎすぎすした夫婦・親子関係の中にあって、兄と妹は互いへの深い思いやりを育んできた。そして妹は飛び立ち、兄は残る。
『青い野を歩く』――結婚式を執り行う神父は、この日の新婦とかつて許されない恋をした。『緋文字』の世界とはちがって、二人はこの恋を胸の奥に深く沈め、それぞれの道を歩むことを選んだ。神父の心を象徴するような静かな青い野が印象的。
『長く苦しい死』――なんとも不愉快な訪問者が帰ったあとで、この男には小説の中で「長く苦しい死」を与えよう、と構想を練る作家。ものを書く人間の密やかな悪意と執念が描かれていて興味深い。
『森番の娘』――ぎくしゃくした夫婦関係の中で、自分だけの世界を育ててきた妻は、いつか夫を捨てて家を出て行こうとしていて、手始めに村人たちに自分の秘密をぶちまける。働くことしか知らない武骨な男と、強かな女の対比が鮮やか。
『波打ち際で』――テキサスの海辺。21歳の青年は富豪の義父と母の許で休暇を過ごしている。母は彼が義父の跡を継ぐことを望んでいるが、彼は大学のある町に戻ろうかと迷っている。両親の離婚後にいっしょに暮らした祖母は、若き日に一度この海辺に立ったことがあった。1時間だけという約束で夫に連れてきてもらい、1時間後に夫の車のところに戻った。「もし人生をやり直せるなら、夫の待つ車に乗り込んだりはしない。家に帰るよりも、あのまま残って街娼になったほうがよかった」と祖母は言う。そういう時代だったし、選べないのだと思っていたのだった。今、青年はなんの時間の制約もなく海岸を歩いている。そして彼には選ぶ自由もあるのだ。
『降伏』――駐在所の巡査部長が気ままな独身生活に区切りを付けて結婚する(=降伏する)ことを決意するには、1ダースのオレンジを平らげる必要があった。着想の奇抜さで読ませる作品。
『クイックン・ツリーの夜』――孤独の中で生きてきた男と女が、いっとき夫婦として暮らし、また別れ別れになっていく物語。葛藤や情熱とは無縁の、諦念と静かに流れていく歳月が印象的。原注によるとクイックン・ツリーはナナカマドの別名で、絶大な魔法の力と守る力があると信じられているという。(2011.11.10読了)
[PR]
by nishinayuu | 2012-01-24 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/17349913
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< 韓国の詩「夜汽車」 鄭炳五 『ぼくは行くよ』(ジャン・エシ... >>