『失われた時を求めて 11』(マルセル・プルースト著、鈴木道彦訳、集英社)


c0077412_10442862.jpg第6編の「逃げ去る女」が収められている巻である。昔読んだ生島遼一訳のタイトルは「消え去ったアルベルチーヌ」で、そのほうが口調もいいし詩的な感じがするが、「逃げ去る女」という訳にしたいきさつについては「はじめに」に訳者による詳しくて複雑な解説がある。
さて、物語は、「囚われの女」の最後に語られた場面から始まる。アルベルチーヌに別れを告げようと決心した矢先に、語り手はフランソワーズから「アルベルチーヌさんはお発ちになりました!」と告げられる。とたんに語り手は耐えられないほどの苦悩に襲われ、アルベルチーヌと別れたいと思ったのは、決してそんなことは起こらないと確信していたためだったと悟る。語り手はあれこれ手を尽くしてアルベルチーヌの行方を捜し出し、手紙を送る。この手紙がまたなんとも面倒な代物で、自分の執着を相手に知られないようにして、相手のほうが後悔して戻ってくるようにし向けよう、という意図で書かれており、真意とは逆の表現になっている。そんな駆け引きが裏目に出て、アルベルチーヌが語り手のもとに戻ろうと決心した直後に、彼女は事故死してしまう。ここまでの話がこの巻のはじめの4分の1を占めている。
このあとは語り手がアルベルチーヌの消滅に苦しみ、その消滅によって改めて湧き上がる彼女の疑わしい言動に悩み、やがて苦しみと悩みが薄れていく過程が、入念に語られていく。特に語り手の行きつ戻りつする心の動きがこと細かく描写されていて、見事としかいいようがない。ここまでのところがこの巻の主要部分である。
終わりのほうで事が急速に進展して、なんとジルベルトとサン・ルーが結婚してしまう。ユダヤ人のスワンを父に持ち、元高級娼婦であるオデットを母に持つジルベルトが、貴族社会に入り込むことになったわけである。しかしこの結婚を前もってサン・ルーから知らされていなかった語り手は、サン・ルーとの友情は本物ではなかった、という苦い思いに苦しむ。さらに最後のところで、なんとサン・ルーもソドムの世界の人間であることが明らかになり、ゲルマント家の代々の人びとの性癖もここに来て明かされる。すなわち、シャルリュス氏はこれまでゲルマント一族の例外的存在に見えていたが、実際はサン・ルーの父親であるゲルマント公爵こそが倒錯の一族の例外的存在だったのだ。
☆ヴェネチア滞在中の語り手が、死んだはずのアルベルチーヌから手紙を受け取って衝撃を受ける場面がある。実はその手紙はジルベルトからのものだったことがあとでわかるのだが、ジルベルトの癖のある筆跡のせいで、GilberteのGがゴシック文字のAに見え、iは上の行の文字に見え、上の行のsやyが下の行に移ってineのように見えたためだった、という。マルセルくん、よく考えました!(2011.10.15読了)
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by nishinayuu | 2011-12-25 10:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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