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『夜をゆく飛行機』(角田光代著、中央公論新社)


c0077412_937252.jpg酒屋を営む谷島家の一年を描いた物語。谷島家の家族構成は両親と四人姉妹で、父親は何か大変な事態に直面すると「なかったことにして」日常を維持しようとする、小心さと頑固さが複雑に絡まったような人物。母親は四人の娘を名門女子校に押し込み、夫を助けて店を切り盛りしつつ家事全般をこなす頑張り屋。長女の有子(ありこ)は高校時代に駆け落ちの経験があるが、今は普通に結婚して家を出ている。次女の寿子(ことこ)はなぜか周囲をいらだたせてしまうところがある自他共に認める困った存在で、大学を出た今も就職せずに家でぶらぶらしている。三女の素子(もとこ)は物干し台をルーフバルコニーと呼ぶような大学4年生で、化粧とおしゃれに時間を掛け、合コンに精を出している。四女の里々子(りりこ)は大学受験を控えた高校生で、恋愛経験もなく人生にこれといった目標もないのが悩みといえば悩みである。物語はこの里々子の視点で語られていく。
里々子はよく一人で物干し台に上がる。弟として生まれるはずだったのに生まれてこなかった「ぴょん吉」に話しかけたり、光を点滅させながら空を通り過ぎていく飛行機を眺めたりするのだ。そうして里々子が一人でいるときに、谷島家にはきっと事件が起こるのだ。11年前に飼い猫が死んだときも、8年前に有子が駆け落ちした夜も、家には里々子しかいなかった。「7月にくるはずだった恐怖の大魔王がこなかったから世界がのっぺりと続いていた」1999年の秋に、問題児の寿子が秘かに書いていた小説が賞をもらい、寿子が一夜にして作家の先生になったときも、里々子は物干し台に一人でいたのだった。そして谷島家の日々を暴露したようなこの小説が表に出たのがきっかけになったかのように、谷島家の日常は大きく揺れ動くことになる。父の妹であるハルミちゃんが年末に急死したが、それを「なかったことにして」親戚を集めて新年会をし、そのあとでハルミちゃんの葬式をした。その後も父やミハルちゃんたちの母親であるお祖母ちゃんが入院したり、駅の向こうに大型スーパーができることになって谷島酒店の先行きが危ぶまれたりするのだ。そして母は看病のための病院通いで疲れ果てて食卓には手料理が並ばなくなり、有子は夫を捨てて出て行き、寿子もこの家では筆が進まない、と言って出て行く。里々子の生活も大きく変化して、以前のように家族がそろうことはなくなった。
再び秋が訪れたとき、里々子は気がつく。ずっと寿子の本が谷島家を変えてしまったと思っていたが、読み返してみると「そこに書かれているのは、私の知らない、どこかの六人家族である。あわただしく朝を迎え、それぞれの場所に向かい、そうして夜になると帰ってきて食卓を囲む、どこにでもいそうな、等しい意味でどこにもいなさそうな家族。ページをめくるたび、彼らはあわただしい朝を迎える。」のだと。
この文の少し前に「寿子は小説家になりたかったのではなく、谷島家の時間を止めてみたかったのだ」という文があるが、作者もまたこの作品によって一つの家族の時間を止めてみたのであろう。ある家族のある時間が淡い色の水彩画として額縁に納まっているような作品である。(2011.10.7読了)
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by nishinayuu | 2011-12-22 09:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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