『赤朽葉家の伝説』(桜庭一樹著、東京創元社)


c0077412_1014890.jpg「赤朽葉」は「あかくちば」と読む。ぎこちない音感とぎらぎらしたイメージの名前を持つ家の、しかも「伝説」とくれば、尋常な物語であるはずはない。そんな読者の予想/期待を裏切らない、現代の説話といった雰囲気の物語である。第60回日本推理作家協会賞の受賞作。
第1部「最後の神話の時代」(1953年~1975年)は、「赤朽葉万葉が空を飛ぶ男を見たのは、十歳になったある夏のことだった」という文で始まる。 主人公が赤朽葉万葉という名であることと同時に、万葉が「空を飛ぶ男を見た」という不思議な、あるいは異様な出来事が紹介されており、読者を一気に物語の世界に引き込む。
万葉は三つくらいの時、「辺境の人」に井戸端に置き去りにされた。三軒先の若夫婦に拾われて育った万葉は、いかにも「辺境の人」の子どもらしく、浅黒くてがっちりした体格の子どもだった。舞台は中国山脈の麓、鳥取県西部の紅緑村(べにみどりむら!)。山の上に製鉄業を営む旧家の赤朽葉家の大きな屋敷があり、海辺には造船業を営む成金の黒菱家(くろびしけ!)の大きな屋敷があった。山の上と下を結ぶ坂道は大通りになっていて、その両脇に製鉄所で働く人びとの宿舎が建ち並んでいた。万葉が拾われたのは麓のほうの黒煙まみれの宿舎に住む夫婦で、夫は製鉄所で働いていた。万葉は夫婦にかわいがられて育ったが、学校では読み書きや算数がおぼえられず、おまけに黒菱家のみどりにさんざんいじめられた。そんな万葉の前にある日、赤朽葉の奥様であるタツが現れて「あんた、大きくなったらうちの嫁に来なさい」と言う。
「空を飛ぶ男」の他にも万葉は将来の夫・赤朽葉曜司の首が飛ぶのを、また黒菱家の長男らしき細切れの肉片が泣くのを幻視している。黒菱家の長男は、みどりに頼まれていっしょに肉片を拾って箱に入れ、「辺境の人」に托した。20歳で赤朽葉に嫁いだときには大勢のけが人や死人に迎えられる。それはみな製鉄所で働く人たちの未来の姿だった。そして長男が生まれようとしている最中に、その長男が若くして死ぬことも幻視してしまう。万葉は「千里眼」の持ち主だったのだ。
第2部「巨と虚の時代」(1979年~1998年)の主人公は万葉の長女である毛毬。因みに長男は泪、次女は鞄、末っ子の次男は孤独という名で、すべて赤朽葉家のカリスマ奥様であるタツの命名である。毛毬の青春時代は石油ショック後の鉄冷えの時代と重なり、大通りの商店街は寂れ果てていた。毛毬は暴走族「製鉄天使(アイアンエンジェル)」を率いて暴れ回り、中国地方の制覇を目指していたが、暴走族のマスコットだった少女Aの死をきっかけにして毛毬は暴走族を引退する。そして世がバブル期にさしかかる頃、家毬は少女漫画家として世に出る。それから12年の間、少女漫画ブームの先頭を走り続け、その間に死んだ泪に代わって赤朽葉の跡取りとなり、婿を取って子供も作り、連載漫画が完結するとそのままあの世に旅立ってしまう。
第3部「殺人者」(2000年~未来)はいよいよ全編の語り手である瞳子が主人公として登場する。そして恋人である多田ユタカ(万葉の育ての親である若夫婦――いつまでも若夫婦なのだ――の孫)とともに万葉が残した謎のことばにとりくむ。万葉は死ぬ直前に「わしはむかし、人を一人、殺したんよ。だれもしらないけれど」と瞳子に言い残したのだ。こうして最後の最後に、物語の冒頭の「空を飛ぶ男」がどうして空を飛んだのかが明かされることになる。さすがは推理作家協会賞の受賞作である。
作者は、担当編集者と打ち合わせした際に、「個人があり、家族があり、国の歴史があり、恋愛があり、労働があり、すべてが詰まった大きな小説――初期の代表作を書いてください」と言われ、その気になって書いたという。なるほど国の歴史が要所要所にうまく取り入れてあり、作者の意図通りにできにあがっている。(2011.9.15読了)
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by nishinayuu | 2011-12-03 10:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2011-12-04 16:24 x
おどろおどろしい物語のようですね。横溝正史の世界が復活したかのようですね。
Commented by nishinayuu at 2011-12-05 14:45
この作家は敬遠していたのですが、韓国語講座のオンニに「あなたの好きなタイプの話だから」と押しつけられて(?)読みました。悔しいけれど確かにちょっと気に入りました。おどろおどろしいというより、幻想的で美しい物語として読みました。
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