『King Henry the Eighth』(Shakespeare著、 Greenwich House)


c0077412_10285018.jpgこの作品はシェイクスピアがロンドンを去って故郷のストラットフォードに帰ったあと、1613年かそれより少し前に書かれたものと考えられている。語彙や文体などからジョン・フレッチャー(シェイクスピアのあとを継いで国王一座の座付き作家となった人物)との合作と考えられており、1590年代に発表された他の9編の史劇と同格には語れない作品であるとみなされている。
この史劇が取り上げているのは、ヘンリー8世が妻のキャサリンを王妃の座から追放しようと画策を始めるところから、キャサリンの侍女だったアン・ブーリンと結婚して女児(後のエリザベス1世)をもうけるまでの期間である。プロローグでこの劇は権力者が転落していく深刻な劇であることが予告されているが、はたしてまずバッキンガム公爵が大逆罪でロンドン塔に送られ、続いて彼を陥れたウルジー枢機卿もまた失脚していき、王妃キャサリンも失意のうちに世を去る。キャサリンを追い出す形で王妃となったアン・ブーリンも、歴史上はこのあとロンドン塔に送られて斬首刑になり、ヘンリー8世は次々に妻を替えていくことになるが、それらのエピソードはいっさい端折られている。そうした後日のエピソードは同じことの繰り返しでしかないからであろうが、この史劇に取り上げられている場面だけでヘンリー8世という人物の傲慢さも、快楽的で冷酷なところも充分伝わってくる。
さて、それではこの劇は陰惨で暗い雰囲気のためあまり歓迎されなかったのではないかと思えてくるが、実がそうではなく、むしろスペクタクル的な演出で観客を惹きつけたらしい。その証拠として、第1幕第4場、ヘンリー8世がアン・ブーリンを見初めるウルジー邸におけるパーティーの場面で派手に火を使ったため、1613年6月29日にグローブ座が火事になって全焼した、という記録が残っているという。
(2011.7.29読了)
☆画像はハンス・ホルバインによるヘンリー8世の肖像。
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by nishinayuu | 2011-10-18 10:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2011-10-19 20:41 x
自分の欲望(ここでは欲情)を使命感(男子の王位継承者を得る)で肯定する。のちには使命感も抜きに自分の欲望だけを追及していく。さらに王の絶対者の立場から他のすべての人を踏みつけても当然とする感覚に裏打ちされている。個人としての能力も人格も業績も偉大さから遠い王だからこそ、その傲慢さが許しがたい。しかし結果としてイギリスに新しい時代(ローマカトリックからの独立)を開いた。個人の意図を超える歴史のうねりを感じる人物だし、彼の意図を超えた人物が娘のエリザベス1世だったというのも本当におもしろい。シェークスピアも彼を娘の父親として許したのかもしれない。
Commented by nishinayuu at 2011-10-20 17:23
「個人の意図を超えた歴史のうねりを感じる」――確かにそうですね。すてきなコメント、ありがとうございました。
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