『46年目の光』(ロバート・カーソン著、池村千秋訳、NTT出版)


c0077412_959579.jpg2006年の全米雑誌賞を受賞した「エスクァイア」誌の記事をもとに書かれたノンフィクションで、原題はCrashing Through :The extraordinary true story of the man who dared to see。
小説よりも奇なる半生をたどった男の伝記的物語であり、また最新の眼科治療や視力と脳の関係などの情報を満載した科学的読み物でもある。442ページを一気に読ませる、迫力のある読み物である。
1957年の春、3歳のマイク・メイは一つ上の姉ダイアンと庭で泥遊びをしていた。マイクが泥を固めるために納屋から持ち出しガラス瓶をたまり水にズボッと沈めたとき、瓶が爆発してマイクは大けがをした。どうにか一命は取りとめたが、視力は失われた。1年近くかかって怪我が回復すると、マイクは新しい世界に踏み出した。挑戦するのが当たり前の環境で育った母親のオリジーンは、マイクを普通の幼稚園に入れた。マイクもなんにでも挑戦する子どもだったから、怪我が絶えなかった。オリジーンがマイクのために選んだ小学校は、目の見えない子どもをふつうの子どもと一緒に教育するところだった。そこには目の見えないことを言い訳にしたり泣き言を言ったりすることは認めない、というオリジーンと同じ考えの教師がいた。マイクは自転車にも乗り、一人旅にも出かけ、成績もほとんどAかBだった。大人になっても挑戦は続き、ガーナに留学したり、CIAの職員として働いたりし、障害者アルペンスキー世界選手権では金メダルを三つも取った。長身で男前だったから女性にももてた。数々の女性遍歴のあとジェニファーと結婚して、二人の息子の父親になり、事業家としても成功しつつあった。つまり1999年の時点でマイクは、人生になんの不足も感じていなかった。
そんなマイクの前に「あなたの目を見えるようにできると思います」と言う医師が現れる。化学薬品事故による失明の場合、幹細胞移植+角膜移植によって視力が回復する可能性がある、というのだ。医学の進歩がもたらした新しい治療法だが、これにはたくさんのリスクもあった。成功率は50%、どの程度の視力が出るかはやってみないとわからない、失敗すれば今残っている光を認識する能力も失うかもしれない、移植の拒絶反応を抑えるためには副作用の大きい薬を飲まねばならない、その薬を飲み続けると癌を発症する危険性もある、などなど。視力がなくてもなんの不自由もないのに、敢えて危険な手術を受ける必要はあるのだろうか、と悩みに悩んだ末にマイクは決断する。これも一つの挑戦であり、尻込みするのは自分らしくない、と。
こうしてマイクは2000年3月、46歳で、つまり視力を失ってから43年ぶりに目が見えるようになったのだが、マイクの得た視力は実に思いがけないものだった。そしてこの日から、マイクの新たな挑戦の日々が始まるのである。(2011.7.25読了)
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by nishinayuu | 2011-10-12 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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