『もう一人のメンデルスゾーン』(山下 剛著、未知谷)


c0077412_10363572.jpgドイツ・ロマン派の作曲家フェーリクス・メンデルスゾーンの姉、ファニー・ヘンゼル(1805~1847)の伝記。フェーリクスと4歳上のファニーは、どちらも幼い頃から音楽に非凡な才能を示し、著名な文化人や音楽家が出入りする恵まれた家庭環境の中で、音楽教育も教養教育も同じように受けて育った。互いに才能を認め合い、信頼し合って成長したふたりだったが、成人後の人生は大きく違ってしまう。ひとりは広い世界に羽ばたく作曲家となり、ひとりは小さな世界に閉じこめられたまま、やがて世間から忘れ去られてしまうのだ。
本書は豊かな才能を持ちながらそれを充分に発揮する機会を与えられずに終わったファニーという女性の生涯に光を当てるとによって、彼女の歌曲作品にも光が当たることを願って書かれたものであるが、それだけではない。著者は、19世紀以降の反ユダヤ主義の潮流の中にあって、フェーリクス・メンデルスゾーンその人もユダヤ系であるが故にその価値が正当に評価されてこなかった、という。すなわち本書のねらいはフェミニズム的な視点からファニーを描くことではなく、当時の社会状況の中でファニーがどのような立場に置かれてどのように行動したかを振り返ることによって、ファニーが音楽史の中に正当に位置づけられること、なのだ。記述は極めて詳細ながら文章は平易でわかりやすく、すばらしい伝記作品である。
8つの章からなる本書の第1章では、姉弟の祖父モーゼスを祖とするメンデルスゾーン一族が紹介される。「創世記」よろしく次々に名前があげられる人びとの関係を理解するのがやや煩雑ではあるが、人物と同時に時代の雰囲気、ユダヤ人の置かれていた状況などがわかる仕組みになっている。章末に姉弟の父親が「かつて私は偉大な父親の息子だったが、今では偉大な息子の父親である」と日記に記したと有る。フェーリクスが音楽家として地歩を固めつつあった頃のことである。
第2章は姉弟の子ども時代で、ゲーテやハイネとの交流も描かれている。ファニーのハイネ評が面白い。
第3章に、ファニーの婚約者となった画家のヴィルヘルムが、メンデルスゾーン家になかなか受け入れてもらえなかった頃に描いた「車輪」という絵が載っている。中心の車軸の中にフェーリクス、その周りの輻としてファニーや一族の主な人びとが描かれ、ヴィルヘルム本人は車輪の縁にしがみついている。それぞれの位置関係とヴィルヘルムの人柄がよくわかる傑作である。
第4章では、父の死後そのあとを継いで一家の長となったフェーリクスが、音楽家として歩む望みを抱いていたファニーの前に立ち塞がるようになる。
第5章には「人生で最高の日々」というタイトルでファニーとヴィルヘルムの1年にわたるイタリア旅行のことが描かれている。このときファニーはグノーと知り合い、後々彼に大きな影響を与えることになる。
第6章でファニーは作品集を出版し、ヴィルヘルムは画家として成功する。この頃ファニーはベルリオーズと知りあい、シューマンやその妻クララと交流している。
第7章はファニーの作曲した歌曲の解説に当てられた、やや専門的な章となっている。
第8章にはファニーの死(1847年)と、そのあとを追ったかのようなフェーリクスの死、そしてヴィルヘルムのその後が語られている。(2011.7.24読了)
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by nishinayuu | 2011-10-09 10:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2011-10-09 11:16 x
読んでみたいし、ファニーの曲を聴いてみたい!
Commented by nishinayuu at 2011-10-09 17:24
手もとに置きたいすばらしい本です。(でも、実は図書館で借りて読みました。)
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