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『マルコヴァルドさんの四季』(イタロ・カルヴィーノ著、関口英子訳、岩波書店)


c0077412_1001156.jpg作者自身が「現代版おとぎ話」と呼んでいる作品で、1963年に発表されたもの。ネオリアリリズモの小説や映画が描いた救いのない庶民の生活を、ネオリアリズモとは異なる手法で、すなわち滑稽味とペーソスで味付けして描いた傑作である。
20の章からなり、一つの章に一つの季節が当てはめられており、最初の春から最後の冬までに5年分の季節が巡る構成になっている。
主人公のマルコヴァルドさんは、イタリアのどこかの都会に住みながら都会生活に馴染んでいない「自然人」で、子どもが6人もいる父親でありながら分別のある大人とはほど遠い「夢見がちな人」でもある。SBAVという会社の倉庫で作業員をしているので、生活の苦労は絶えないが、毎日何かしら新しい発見をしたり、新しいことを思いついたりして、前向きに暮らしている。ただし、その発見や思いつきがうまくいくことはなく、たいてい惨めな、あるいは皮肉で滑稽な結果に終わる。それでもマルコヴァルドさんは決してくさったりへこたれたりすることなく、前を向いて生きていくのである。それだからだろうか、はじめはコンクリートの建物の半地階に住んでいたマルコヴァルドさん一家は、4年目の夏には屋根裏のアパートに住んでいる。前よりも風通しが良くて少し広いところに住めるようになったのだ。その間に長女のイゾリーナも女の子から立派な娘に成長している。
ここで、マルコヴァルドさん一家のメンバーを、あちこちに分散している記述をかき集めて整理してみると、マルコヴァルドさんがひょろりと痩せているのに対して丸ぽちゃの奥さん・ドミティッラ、長女・イゾリーナ、長男・ミケリーノ、次女・テレザ、次男・ピエトルッチョ、三男・フィリペット、四男・パオリーノ、となる。
次に、特に印象的なエピソードを種類別にあげると以下のようになる。
1.哀れでもの悲しいエピソード――毒入りウサギ、雨と葉っぱ
2.愉快でもの悲しいエピソード――高速道路沿いの森、おいしい空気、牛と過ごした夏休み、川のいちばん青いところ、月と《ニャック》、スーパーマーケットへ行ったマルコヴァルドさん
3.最高傑作――間違った停留所(リウマチ持ちのマルコヴァルドさんが、半地階の家にいるのが嫌で映画を見に行く。インドの森を舞台にした映画を見てから外に出ると、町は濃い霧に覆われていた。映画の余韻に浸りながら路面電車に乗り、空想に耽っているうちに下りる停留所がわからなくなってあわてて下りる。歩けば歩くほどいよいよ道はわからなくなり、やがて広いところに出る。誘導灯を持っている人に促されるままに路面電車に乗ったと思ったら、そこは飛行機の中で、「最初の着陸地はムンバイ、それからコルカタ……」と言われて見回すと、他の座席にはひげを生やし、ターバンを巻いたインド人たちが……。)(2011.7.10読了)
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by nishinayuu | 2011-10-03 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by ヌルボ at 2011-10-05 22:39 x
カルヴィーノの本ということで、興味深く読みました。と言っても、私が読んだのは30年くらい前(?)ということもあって(??)あらかた忘れてしまっていることに気づきました。
「まっぷたつの子爵」の方は、「寒さが丘」や「きのこ平」などが、それぞれユグノー教徒の亡命や退廃的芸術家たちの象徴として描かれており・・・というあたりは最初から理解していなかったのではないかとも思います。再読してみようと思います。
Commented by nishinayuu at 2011-10-06 00:31
『マルコヴァルドさんの四季』は近所の図書館では児童書の棚にあるのですが、大人用の棚にも置いてほしい本ですね。今まで読んだカルヴィーノの本の中で、これは『木登り男爵』の次に気に入っています。ヌルボさんお勧めの『レ・コスミコミケ』、読みたい本のリストに入れてはあるのですが、いつになることやら。
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