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『スノードーム』(アレックス・シアラー著、石田文子訳、求龍堂)


c0077412_2025372.jpg読書会「かんあおい」2011年8月課題図書の関連図書。原題はThe Speed of the Dark。
若い科学者クリストファー・マランは「光の減速器」に関する研究に没頭していた。家族も友人もいない彼は、同僚たちともうち解けない風変わりな青年だった。そんな彼がある日、同僚のチャーリーに一綴りの原稿とスノードームを托して失踪する。そのスノードームは、逆さまにするとドームの中に雪が舞い飛ぶふつうのスノードームではなく、一つの町の極小模型が閉じこめられた、逆さまにしてはいけないドームだった。そして原稿には、少年のクリストファーを主人公とする信じがたい物語が綴られていた。
クリストファーは幼いときから父の手で育てられた。赤ん坊の時に母親がいなくなったからだ。父は修道院広場で似顔絵を描いて暮らしを立てている売れない画家だった。広場で「動く銅像」のパフォーマンスをしているポッピーは、若くて美しいダンサーで、ときどきクリストファーたちの家に来て食事をしたり、時には泊まっていったりした。クリストファーはいつか三人がほんとうの家族になる日を夢みていた。しかし、ポッピーとの暮らしを夢みている人が他にもいたのだ。それは、ポッピーがシーズン・オフにアルバイトをしている「ありえない美の館」の経営者エルンスト・エックマンさんだった。エックマンサンは小さくて太りすぎの醜い男だったが、ミニチュア彫刻の達人だった。「鉛筆の芯の先に彫ったエンパイア・ステート・ビル」、「砂糖粒から掘り出された氷山に乗ったセイウチとペンギン」、「針の穴を通る駱駝」などが閉じこめられている小さなガラスのドームも、それらを作ったエックマンさんも、クリストファーは大好きだった。しかしエックマンの心は複雑だった。醜い自分を避けずに慕ってくれるクリストファーはかわいかったが、その父親は憎らしかった。自分が得られないポッピーの愛を手に入れていたからだ。そんなある日、「針の穴を通る駱駝」を静止した彫刻ではなく動く彫刻にしたい、というエックマンの努力が実る。「光の減速器」が完成して、動くものを極小化することに成功したのだ。エックマンが次にとった行動は……。
ある日ポッピーが行方不明になり、やがて父もいなくなって、クリストファーはひとり、取り残される。幼い頃からの怖れが現実のものになってしまったのだ。エックマンの援助で高校、大学と進学して社会に出たクリストファーは、研究に没頭する。「光の減速器」で極小化されたものを元の大きさに戻す器機を作り出すために。そしてドームに閉じこめられている自分の家族を取り戻すために。けれどもある日、クリストファーは気がついたのだ。器機を作り出そうとしているうちに時はどんどん過ぎ去ってしまうことを。だから今、彼がすべきことはいつになるかわからない研究を続けることではなく、一日でも早く家族と合流することだと。
奇想天外な構想で読ませ、読後にはしみじみとした余韻を感じさせる物語である。ただし、情感の籠もらない短文が連なっていること、必要不可欠とは思えない記述(たとえば雨が降っていたとか、止んだとか)が頻繁に出てくること、などのせいで全体にメリハリがなく、特に前半はまどろっこしくて眠くなる。
(2011.5.26読了)
☆光のスペクトルを思い出すのに役に立つ、として次のような文があげられています。これも必要不可欠とは思えない記述の一つですが、作者のサーヴィス精神をありがたく受け取っておきましょう。英語圏の人たちの苦労を偲びつつ。
Richard Of York Gained Battle In Vain(ヨーク家のリチャードは戦いに勝ったがむだだった)――ひとつひとつの単語の頭文字が赤、(Red)、橙(Orange)、黄(Yellow)、緑(Green)、青(Blue)、藍(Indigo)、紫(Violet)の頭文字と同じ。
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by nishinayuu | 2011-08-24 20:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2011-09-16 16:12 x
アナログ的な童話の世界で育った者としてはデジタル化された、無機質な世界に放り込まれる違和感を感じた。底流には科学技術の発達への恐怖を感じがした。思い過ごしだろうか。いずれにしても読んでみたい作品だ。怖いものみたさ。
Commented by nishinayuu at 2011-09-17 21:44
ご訪問ありがとう。同じ作者の『世界でたった一人の子』の世界は恐ろしいと思いましたが、こちらの作品はファンタジーの美しさが感じられて、私はちょっと好きです。お読みになったらまた感想を聞かせてください。
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