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『母のない子と子のない母と』(壺井栄著、ポプラ社)


c0077412_9544638.jpg壺井栄といえばまず思い浮かぶのが1952(昭和27)年刊行の『二十四の瞳』であるが、これはその前年の1951(昭和26)年に刊行された作品。舞台はやはり小豆島である。
「母のない子」として登場するのは数え年11の一郎。埼玉県の熊谷にある農学校で英語教師をしていたおとうさんは、終戦の年に招集されたまままだ帰ってこない。たぶんソ連地区にいるのだろうと思われている。熊谷の女学校で国語の先生をしていたおかあさんは、おとうさんが帰るまでは熊谷で待とうとがんばっていたが、病気になってしまった。それでおかあさんは、おとうさんのいとこを頼って、おとうさんの生まれ故郷である小豆島に、一郎と3歳の弟・四郎を連れてやってきたのだった。
「子のない母」として登場するのは、おとうさんのいとこである「おとらおばさん」。二階屋の土蔵の一階を借りて住んでいるおとらおばさんは、いつも窓のそばに座っていて、ミシン仕事をしたりくすりを売ったりして暮らしを立てている。一人息子が戦死してひとりぼっちになったおとらおばさんは、それでも明るい笑顔を絶やさず、親切で世話好きなので、史郎をはじめとする村の子どもたちに慕われている。狭い土蔵に三人を引き取るわけにはいかなかったおとらおばさんは、三人が隣村にあるおとうさんの家に住めるように奔走し、三人が住み始めてからは、峠を越えてその家に通うのだった。
ところが、とうとうおかあさんまで亡くなってしまって、おとらおばさんは一郎兄弟を狭い土蔵の家に引き取ることになる。そこから、史郎や達夫、茂、トミオ、クンちゃん、ミヨ子ら、村の子どもたちと一郎兄弟の新しい交流が始まる。いたずらやけんかもすれば、互いに思いやったりもする子どもたちと、戦争直後の厳しさの中でもゆったりとしておおらかな田舎の暮らしが、やがて「母のない子」と「子のない母」を温かく包んでいく。
この作品を読むと、あの戦争を経験した世代の人も、戦争を知らない世代の人も改めて戦争の非道さを思い起すのではないだろうか。また、小豆島でなくても、とにかく田舎の暮らしを知る人たちはだれしも郷愁をかき立てられるのではないだろうか。そんな力を持った作品である。
『母のない子と子のない母と』は思いきって整理した結果すっきりした我が家の本棚に依然として残っている、我が家の厳選された児童書の中の一冊である。(2011.5.15読了)
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by nishinayuu | 2011-08-09 09:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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