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『続 羊の歌』(加藤周一著、岩波書店)


c0077412_10591093.jpg終戦で終わった『羊の歌』に続く本書には、戦後から60年安保までの著者の歩みが綴られている。まず著者は「戦後の虚脱状態」という文句に異議を唱える。「東京の市民は虚脱状態どころかむしろ不屈の生活力にあふれていた」というのだ。そして電車の中の人の好さそうな沢山の顔、子煩悩な父親の顔を眺めながら思う。「昨日悪魔であったかもしれないその男が、今日は善良な人間であり、明日また悪魔にもなり得るだろう」と。性は善なりや悪なりやと考えた末に著者は「そもそも一人の男について、その性の善悪を問うよりは、多くの人間を悪魔にもし、善良にもする社会の全体、その歴史と構造について考えたほうがよかろう」という考えに到達する。さらに「このときの考えは、その後の私のものの考え方の方向を決定した――どんな人間でも悪魔ではないのだから、私は死刑に反対し、戦争はどんな人間でも悪魔にするのだから、私は戦争に反対する」と続く。
この続編では、医者として働きながら文学者の道も歩み始めた著者の、さまざまな人たちとの関わりが語られる。「原子力爆弾影響合同調査団」に参加したときにであったアメリカの軍医たち、血液学の中尾喜久と三好和夫、福永武彦と中村真一郎、フランス文学の渡辺一夫、同じく森有正、パリでであったアメリカ黒人の女性画家、詩人のルネ・アルコス、その息子の嫁・ミシェール、朝吹登美子、ニースでであった画家のマズレール、梅原龍三郎、志賀直哉、小倉朗、吉田秀和、社会学者のドーア、高見順などなど、学界や文壇関係の人びとが次々に登場して壮観である。それだけでなく、京都の女性、シュヴァイツァーに憧れてパリを去ったデンマーク人の看護婦、ルーマニア系ユダヤ人の女性、画廊経営者の女性、フィレンツェでであったヴィーンの女性など、著者が愛した女性や愛したかもしれない女性たちも登場して、著者の全体像を浮かび上がらせる。日本の伝統文化、フランスに息づく中世美術、ウイーンに息づくリヒャルト・シュトラウスやワグナーの音楽、そして医学や政治、社会……と、専門を取り払った著者の論述は多岐にわたる。どの章も感銘深いが、夭折した友人のことを綴った「死別」の章は、著者の痛みの深さに胸が詰まる。(2011.5.11読了)
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by nishinayuu | 2011-08-06 10:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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