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『鷺と雪』(北村薫著、文藝春秋)


c0077412_10124658.jpg『街の灯』と同じく、お嬢様学校に通う花村英子と才色兼備のお抱え運転手・ベッキーさんの登場する物語で、「不在の父」、「獅子と地下鉄」、「鷺と雪」という三つの話からなっている。三つの話はそれぞれ独立した物語としても読めるが、「不在の父」の最後にさらりと登場させた詩の一行[騒擾ゆき]を、「鷺と雪」で大きな意味を持たせて再登場させており、あいかわらず技の利いた書きぶりで楽しめる。あいかわらずといえば、この作者の特徴である「蘊蓄」もふんだんに見られて嬉しい限り。巻末に「蘊蓄」のもとになった参考文献が丁寧な解説付きで掲げてあり、論文でもないのにここまでする作者の誠実さに半ば感服し、半ばあきれる。
「不在の父」では元子爵のルンペンとのつかの間の交流、「獅子と地下鉄」ではライオン像にまたがろうとした男の子との交流、「鷺と雪」ではあまり親しくなかった同級生との思いがけない交流を中心にして、花村英子の溌剌とした日常が描かれる。物語の時代は日中戦争の前夜であるが、お嬢様たちの周囲にはまだまだ優雅で穏やかな時間が流れていたのだ。しかしそんなある日、花村英子が服部時計店にかけた電話が間違って他に繋がり、知り合いの青年将校・若月が電話口に出て、「武運長久を祈ってください」ということばを残す。服部時計店にかけ直したところ、電話が間違ってかかった先は一つ違いの電話番号を持つ首相官邸だったとわかる。茫然とした花村英子が、雪に白く飾られた窓を「いつまでも生きた思い出として抱いていくのだろうと予感」するところで幕となる。
物語のあちこちにブッポウソウのエピソードが出てくる。群馬の迦葉山から鳴き声を中継しようとして失敗したとか、改めて愛知県鳳来寺山から中継したときはよく鳴いたとか、「ブッポウソウが人里で鳴く年は凶作」という言い伝えがあるとかいう話に続いて、昭和10年の夏には東京の夜空をブッポウソウが鳴き渡ったという話が出てくる。実際にこの年、東京で4回ほどブッポウソウの声が聞かれたという。帝都の空を鳴き渡るブッポウソウは、遠く平安朝の都を恐怖に陥れたという鵺(ぬえ)を連想させる。このエピソードはあるいは前途に控える不穏な世の中を暗示するものとして取り入れられているのかもしれない。(2011.4.28読了)
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by nishinayuu | 2011-07-22 10:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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