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『ペンギンの憂鬱』(アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、新潮クレストブックス)


c0077412_10425847.jpgウクライナの首都キエフに住むロシア語の作家・クルコフが1996年に発表した作品。約20カ国語に翻訳され、世界的ベストセラーになったという。
売れない作家・ヴィクトルはキエフのアパートで皇帝ペンギンのミーシャと暮らしている。餌をやれなくなったので欲しい人に譲るという動物園からミーシャをもらってきたのは1年前、恋人が去っていった1週間後のことだった。それ以来、孤独な人間と孤独なペンギンが互いに頼りあって暮らしている。
ある日、新聞社の編集長から呼び出され、いざというときのために「追悼文」をあらかじめ書いておく、という仕事を依頼される。暇はあるし、生活費も稼げるので、ヴィクトルはこの仕事を引き受け、その後知りあったミーシャという男からの依頼も含めて、「追悼文」をどんどん仕上げていく。「追悼文」を書くに当たっては当人に取材することもあるが、多くは編集長から渡される資料をもとに、ヴィクトル流にアレンジして仕上げる。やがて、ヴィクトルの書いた「追悼文」が初めて実際に新聞に掲載される日が訪れる。ただし、ヴィクトルの名前は掲載されない。「追悼文」は編集長の指示に従ってすべて「友人一同」という署名付きで書いてあるのだ。
そうこうするうちにミーシャが娘のソーニャをヴィクトルに預けたまま姿を消し、親しくしていた警官のセルゲイは、モスクワに赴任することになってキエフを去る。ヴィクトルは今やペンギンのミーシャ、4歳のソーニャ、20歳のニーナの「四人暮らし」になっている。ニーナはセルゲイの姪で、ソーニャのベビーシッターとして毎日通ってくるようになったのだ。一見平和な疑似家族の一員を演じながらも、ヴィクトルは何か不穏なことが進行していることに気づく。「追悼文」の主人公は次々に死んでいき、ヴィクトルにはペンギンとともに葬儀に参列することが要求されるようになる。過労がたたって倒れたペンギンのミーシャが心臓移植手術を受けることになったとき、ヴィクトルは自分の身にも危険が迫っていることを知る。前々からペンギンのミーシャを南極大陸に送り届ける計画を進めていたヴィクトルは、ミーシャの出発の日に南極大陸委員会のワレンチン・イワーノヴィチのところに行く。「で、ペンギンはどこなんです?」と聞かれたヴィクトルは……。
『ペンギンの憂鬱』には、ソ連崩壊後に独立したウクライナで、得体の知れない組織に取り込まれた一市民の不安がサスペンス・タッチで描かれている。一方、不穏な社会の中に一時的に生まれた疑似家族の人びとの日常生活も描かれており、それが和やかで微笑ましいだけにかえって痛ましい。なお、クルコフは最近この物語の続編『カタツムリの法則』を出した、と訳者あとがきにある。あのあとペンギンはどうなったか、ぜひ先が読みたい、という読者の声に応えたものだという。(2011.4.15読了)
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by nishinayuu | 2011-07-10 10:43 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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