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『鐘の音』(申京淑著、文学トンネ)

c0077412_1021770.jpg『종소리』( 신경숙著、 문학동네)
2003年の発行。『川水になるまで』『オルガンのあった所』『昔、家を出たとき』『いちご畑』に次ぐ5番目の作品集。作者には他に長編作品として『深い悲しみ』『離れ部屋』『汽車は7時に出るんだよ』『ヴァイオレット』『かあさんをお願い』などがある。
この作品集には『鐘の音』『井戸を覗きこむ』『水の中の寺院』『月の水』『ひとりで旅立った人』『浮石寺』の6編が収録されている。
『鐘の音』――都会に住む夫婦。妻は専業主婦で、3回目の流産をしたことを夫には言えないでいる。夫は業績が傾いた会社から引き抜かれて他の会社に移ったことも、もとの同僚たちに申し訳なくて毎日もとの会社に顔を出していることも妻には言えないでいる。意思疎通を欠いたまま暮らしている二人は、ある日洗面所の窓辺に見慣れない鳥が巣をかけているのを見つける。このとき妻は、夫が鳥について専門的な知識の持ち主であることを知って驚く。自由な鳥に引き比べて人間性のない生活を強いられている夫は、苦悩が昂じて拒食症になり、やがてクロンキドゥカナダという奇病にかかって痩せに痩せていく。窓辺の鳥が子育てを終えて飛び去ったあとで、妻は空を飛ぶ鳥の夢を見る。鳥の群れの中に夫がいるような気がした妻は、「あなたは今戻ってきた鳥のよう」と言って夫を抱く。
『水の中の寺院』――エステサロンで働く20代の女性はサロンで寝泊まりしている。小さいときに親に捨てられた彼女には家族も家もないのだ。エステサロンの一帯が開発業者に買い取られることになったとき、サロンの客で、喫茶店を経営している40代の女性が彼女に声をかける。客の女性には娘がいたが、赤ん坊の時に縁を切ったままだ。娘のない母と母のない娘は、喫茶店でいっしょに暮らすようになる。喫茶店はビルの地下にあり、店内の巨大な水槽には巨大なワニが飼われていた。やがて街が大水に襲われ、喫茶店も水槽もろとも呑み込まれてしまう。ワニと二人の女性がどうなったかはだれにもわからない。
『井戸を覗き込む』――部屋を引き払う女性が、次に引っ越してくる人に宛てて残した手紙、という形の短編。ある日、ジョギング中に古い井戸を見つけた女性は中を覗いてみた。立ちのぼってくる冷気。あわてて蓋をしてその場を離れたが、何かの気配を感じて何度も振り返る。帰宅して荷造りをするが、はかどらないので休息することにし、レイモンド・カーバーの短編集をベッドで読む。ふと目をあげると、ベッドの足元に薄汚れた女が座っている。井戸からついてきた女だった。子供を産んですぐに死んだ姉も、この女のようにこの世を彷徨っているかもしれない、と思った女性は、今は姿の見えない女に食事を与え、テープのお経を聞かせて遠くに旅立つよう促す。そして転居してくる人に伝える。もしまたそのようなことがあったら騒ぎ立てずに静かに送ってやって、と。
『月の水』――都会の生活に疲れた女性は故郷の家を訪れる。しきりに「お水をちょうだい!」と訴える甥。禁酒したはずなのに隠れて酒を飲んでいる父。二人とも常に喉の渇きに苛まれているのだ。母と一緒になって父を難詰していた女性は、昔あった井戸がセメントで封じ込められているのを見つける。甥や父の喉の渇きは井戸が封じ込められたせいだったのだ。もはや故郷も都会と同じように荒廃していることを知った女性は、こっそり酒を飲まずにはいられない父に温かい目を向ける。そして自分は荒廃した都会に戻っていくしかないことを悟る。
『ひとりで旅立った人』――2002年に夭折した小説家・蔡泳周への献辞として書かれたもの。もと編集者の女性が、カナダのバンクーバーに住む友人のKに電話で語りかける、という形になっている。ほんとうに電話で話すとしたら、驚くべき長電話になる内容である。
語り手の女性はKの娘が視力を失っていくことを気遣い、かつて民主化運動のデモに参加したときの熱狂を思い起こさせ、最近はワールドカップで人びとと一体になって興奮の日々を過ごしたことを知らせる。女性はさらに語り続ける。民主化運動の際は、見知らぬ人たちの連帯感に酔っていた時にひとりの友が拒食症であの世に旅立っていたことを、あとになって知った衝撃を。そして今回のワールドカップの際は、やはり見知らぬ人たちとの連帯感で高揚していた時にKもよく知っている作家のSがひとりであの世に旅立っていたことを、留守番電話のメッセージで知った衝撃を。群集心理に突き動かされた連帯は、自ら選んだ孤独の中で旅立つという行為の前で光彩を失ってしまう。(2011.4.11読了)

☆『浮石寺』については別項にして後日upします。
☆著者については右側の「韓国の著名人」→ㅅ→신경숙の順にクリックすると、簡単な説明があります。
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by nishinayuu | 2011-07-07 10:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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