『利休にたずねよ』(山本兼一著、PHP)


c0077412_0165465.jpg読書会「かんあおい」2011年4月の課題図書。
24の章からなるこの作品は、第1章が天正19(1591)年2月28日の利休切腹の日に当てられ、章を追うごとに過去に遡っていって23章に至ると、最終章でまた第1章と同じ日に戻る、というユニークな構成になっている。また、第1章は利休、第2章は秀吉、第3章は細川忠興、という具合に各章がそれぞれ特定の人物の視点から語られる形になっていて、各章の題目の下にその人物の名前が掲げられ、その横に時(年号、日付、時刻など)と場所(地名、建物名など)とともに、切腹の何日、何年前かが記されている。いずれも読み手の興味をかき立てる(とともに、読み手の混乱を防ぐ?)ための心憎い仕掛けである。
秀吉が利休に切腹を命じた理由については諸説あるが、この作品では「茶道に関する考え方で二人が対立した」という点に重点が置かれている。豪華で華やかなものを好む秀吉は、利休の美意識に一目置きながらも、利休の茶を「どうにもせせこましく、いじましゅうていかん」と思う。一方の利休は、鋭利な美意識をもち、それを見せるも隠すも自在な秀吉を、さすがに天下人になる人物は違う、と感じ入りながらも、美を見極める目は自分こそが天下一であると思う。それでも本能寺の変のあと数年間は、秀吉は利休の茶道を利用して自分の威信を高め、利休は秀吉の威信を利用して自分の茶道を発展させる、という持ちつ持たれつの関係が続いたのだった。
二人の男の心がすれ違っていくきっかけとして語られるのが、利休の若き日の恋の形見である緑釉の香合。捕らわれの身の高麗の娘に恋した与四郎(若き日の利休)は、いっしょに高麗に逃れようとするが、追い詰められて心中を図る。結局女だけが死に、死に損なった与四郎の手許に緑釉の香合が残される。利休は高麗の娘の思い出が詰まったその香合を堅く守り、秀吉の執拗な所望も拒絶する。そんな香合を、利休の死を見届けたあとで妻の宗恩が、庭の石灯籠に投げつけて粉々に砕く。というわけで、フィクションの部分は見事に完結する。緑釉の香合が今に伝わっていないのは宗恩が砕いてしまったから、というわけである。
(2011.3.10読了)

☆利休が従来の四畳半だった茶室をどんどん狭くしていって、三畳や二畳、果ては一畳と四分の三の茶室を作ったというくだりでは、津川雅彦が扮した秀吉が「利休よ、この部屋狭すぎないか(もっとくだけた言い方でしたが)」という大東建託のCMがちらついて困りました。
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by nishinayuu | 2011-06-07 00:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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