『村の学校』(アルフォンス・ドーデー著、鈴木三重吉訳、赤い鳥社)


c0077412_10345627.jpg『月曜物語』に収録されている「最後の授業」の続編にあたる作品である。
アメル先生が感動的な「最後の授業」をして去ったあと、アルザスの村の小学校には新しくドイツ人のクロック先生が赴任してきた。クロック先生は厳格というより残酷なまでに厳しい教師で、子どもたちにドイツ語を教え込むのにやっきになり、覚えの悪い子どもには容赦なく体罰を与えた。遅刻も理由の如何を問わず厳しく罰せられるので、語り手は、息子が遅刻して罰せられるのを心配した父親によって寄宿舎に入れられた。寄宿舎はクロック先生に輪をかけて意地の悪いクロック夫人が取りしきっていて、子どもたちは脅えながら暮らしていた。中でも語り手が忘れられないのがガスパールという少年。両親を亡くして叔父に育てられていたガスパールは10歳になるまで学校とは縁がなく、野山を駆け回っていたのだが、叔父がやっかい払いのためにクロック夫人の寄宿舎に入れたのだった。ドイツ語が覚えられないガスパールは学校ではクロック先生にいじめられ、寄宿舎に馴染めないためクロック夫人にもいじめ抜かれる。ついにガスパールは逃げ出したが、すぐに連れ戻される。荷車に閉じこめられ、病気の羊のようにうめきながら。
感動的な『最後の授業』と悲惨きわまりない『村の学校』の背景を探ってみると――そもそもこれらの作品の舞台であるアルザス・ロレーヌ地方は長い間神聖ローマ帝国に属していたが、1736年に帝国が政治的理由でフランスに割譲した。このときフランス語が公用語とされたため、ドイツ語に近いアルザス語を話していた住民は新たにフランス語を学習しなければならなくなった。村の学校でフランス語の授業が行われていたのはそのためなのだ。そして1871年、普仏戦争でフランスが敗れた結果、この地方の東半分がプロイセン王国(ドイツ帝国)に割譲された。勝者のプロイセンは比較的穏やかな同化政策をとったが、敗者のフランスでは反ドイツ感情が湧き起こった。まさにこうした時期にフランス人の愛国心を鼓舞するために書かれたのが『最後の授業』であり『村の学校』なのである。それでフランス人のアメル先生は温情あふれる人格者として、ドイツ人のクロック夫妻は人情のかけらもない極悪非道な人間として描かれているのだ。
救いのないこの作品が、鈴木三重吉訳で「赤い鳥」から出されたことに、つまり児童文学扱いをされたことに、違和感を覚えずにはいられない。(2011.2.1読了)

☆この作品は「青空文庫」で読みました。画像はポプラ社の『最後の授業』です。
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by nishinayuu | 2011-05-11 10:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by あぶもた at 2015-06-25 02:50 x
初めまして。ドーデのこの作品を検索していて、立ち寄らせていただきました。
おっしゃる通り悲惨きわまりないストーリーですが、最後に少年が泣きながら訴える言葉、
「放しておくれよぅ、クロッツ先生」はアルザス方言で書かれていて、フランス人の読者のために
フランス語訳が併記されています。そこだけイタリックで書かれた少年の悲痛な叫びは、
フランス語とは似ても似つかない、ドイツ語の一方言です。
戦勝国に翻弄される国境地域の住民というだけでなく、生まれ育った言葉を捨てざるをえないという意味でも
いたましく、やりきれない話だと思います。
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