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『木のぼり男爵』(イタロ・カルヴィーノ著、米川良夫訳、白水社)


c0077412_10112560.jpg12歳のある日、食卓に出されたカタツムリ料理を拒否して木に登って以来、一度も地面に足を下ろすことなく一生を終えた、コジモ・ビオヴァスイオ・ディ・ロンドー男爵の物語。コジモの樹上生活は、オーストリア継承戦争からほぼ20年後の1768年に始まり、ナポレオン軍敗退後まで50年余り続いたという設定になっている。
大筋としては奇想天外、荒唐無稽な物語であるが、コジモが樹上生活に適応していく過程がこと細かに描写されており、また当時のヨーロッパ社会の政治・文化にまつわるエピソードがふんだんに盛り込まれていて細部にはリアリティーがある。話の流れがスムーズなので、ぼんやり読んでいると虚実が曖昧になりそうになるが、作者に騙されないように気を引き締めて読むより、物語の世界にどっぷりつかって「本当の話」だと思って読んだほうが楽しめる。そうすれば最後の方でコジモに名前を聞かれたロシア軍の将校が「わたしは公爵、アンドレイ」と名のっても、素直に感動できる。この例のように、架空の人物や実在の人物との交流がさらっと語られているのもよい。
この作品の特徴の一つは登場人物たちがさまざまな言語で語り合っていることである。例えばコジモの家族は主としてイタリア語を使っているが、オーストリア軍人の娘である母親はドイツ語で通し、教育係の老師はフランス語でつぶやく、という具合。他にもスペイン語、英語、ロシア語が入り乱れているにもかかわらず、登場人物たちは少しの混乱もなく交流している。そうした状況を日本語で伝えるのは容易なことではないと思われるが、翻訳者はイタリア語以外の言語をアルファベットで表記してその脇にカタカナで読みを付け、その下に( )に入れて意味を付ける、という形で処理している。見た目には煩わしい翻訳文になっているが、諸言語に関心のある読者には親切な訳かもしれない。
なお、訳者は名翻訳者として知られる米川正夫を父とする現代イタリア文学の研究者だそうで、巻末にカルヴィーノ文学についてのいかにも学者らしい懇切丁寧な解説がついている。(2011.1.2読了)
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by nishinayuu | 2011-04-08 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by ヌルボ at 2011-04-28 20:53 x
ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」もお読みになってますね。私も同じ晶文社の「文学のおくりもの」シリーズで「まっぷたつの子爵」を読んで以来のカルヴィーノのファンです。しかし「見えない都市」「不在の騎士」等々は読みましたが、「木のぼり男爵」はなぜか未読のまま。私が外国の本選びに参考にしている「すみ&にえ「ほんやく本のススメ」」というサイトhttp://park8.wakwak.com/~w22/167.htm
にも紹介されていて、そのうち読もうと思っていたのですが、そのままン十年経ってしまいました。
私がとくに好きなカルヴィーノの作品は「レ・コスミコミケ」(早川文庫)です。ほら話がSFのジャンルまで及んだ魅力的な作品。お読みになりましたか?
さて本題は、今日の私のブログ記事で「晴読雨読ときどき韓国語」を紹介しましたのでご了承を、ということなんですが・・・。→
http://blog.goo.ne.jp/dalpaengi/e/cc1e2df529585a0fc310a40ba5c49d61
Commented by nishinayuu at 2011-04-29 11:01
ヌルボ様、当ブログを紹介してくださってありがとうございます。こちらも何かの形でお返ししないといけませんね。
申京淑は原語でもとても読みやすく、内容も共感できるものが多いので気に入っています。最近、『鐘の音』という短編集を読みました。その中にも収録されている『浮石寺』は数年前に読みましたが、それがこの作家との最初の出会いでした。みなさんにお薦めしたい作品です。
『レ・コスミコミケ』はまだ読んでいません。「読みたい本のリスト」に入れておきます。
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