『本格小説』(水村美苗、新潮社)


c0077412_10114938.jpg荒涼としたヒースの丘ならぬ、しっとりとして優雅な軽井沢で繰り広げられる日本版『嵐が丘』の世界である。著者の日本語に対する思い、『本格小説』というタイトルの意味、一時代前の人びとの暮らしなども盛り込まれた、読みどころ満載の作品でもある。
この作品の大きな特徴のひとつは、語り手が次々に移っていくことである。
最初に登場する語り手は水村美苗本人で、アメリカで過ごした少女期の話を中心とするこの私小説的部分が上巻の半分近くを占めている。この時期に作者一家の前に東太郎という青年が現れ、父親が目をかけて引き立ててやったこの青年がやがて企業家として成功し、伝説的な大富豪になったあと、忽然と姿を消したことなどが語られる。
次に登場する語り手は元編集者の加藤祐介という青年で、スタンフォードで日本文学の講座を担当していた作者のもとに、東太郎にまつわる数奇な物語をもたらして『本格小説』誕生のきっかけを作る。
三番目に登場する語り手は土屋冨美子という女性で、東太郎と宇田川ようこを、二人の幼年時代からずっと見守り続けてきた、二人のことをだれよりも深く理解している人物である。二人の狂おしい恋物語の語り手として『嵐が丘』の家政婦ネリーの役割を担うと同時に、しなやに、かつ逞しく生きていく女性として物語のもう一人の主人公の役割を担っている。(2010.12.26読了)
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by nishinayuu | 2011-04-05 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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