『カピタン・リ』(チョン・ガンヨン[全光鏞])


c0077412_17391932.jpg『꺼삐딴 리』(전광용著)
韓国の小説家であり国文学者でもある著者が1960年に発表、1962年に東仁文学賞を受賞した短編小説である。
主人公は李仁國博士。腕のいい外科医である彼は、地価の高いソウルの都心にビルを持ち、そこに各科の医者を集めて総合病院の院長に納まっている。しかし、彼も楽々とここまで来たわけではない。彼にも人並みの、あるいは常人以上の苦労があったのだ。日帝時代に経営していた医院は日本人の患者も多くて繁盛していた。当時の彼は、民族主義運動家の学生が担ぎ込まれたとき、その身なりの貧しさから支払い能力に危惧を抱いて入院を拒絶したりする、利益優先の傲慢な医者だった。1945年に解放を迎えると状況は一変、彼は人びとの目を怖れて身を隠すように暮らしていたが、ソ連軍が侵攻してくるや、親日派、民族反逆者として投獄される。過酷な獄中生活の中で、彼は死も覚悟する。しかしある日、病人を見て病名を言い当てたことからソ連軍の医官の目に止まった彼は、やがて患者の治療に携わるようになる。そのソ連軍医官・ステンコフは、囚人ではあるが自分と同じ医者である李仁國を、尊敬と親しみを込めてカピタン・リ、すなわちキャプテン・李と呼ぶ。そして、だれも手術できなかったステンコフの瘤を取る手術を成功させた彼に、ステンコフは「スパシーボ」を連発する。そのステンコフの計らいで李・仁國は釈放され、医者として監獄に通勤するようになる。ステンコフのおかげで息子をソ連に留学させることもでき、これからはロシア語の時代になる、と彼は期待に胸を膨らませたのだった。しかし彼の生活は再び暗転する。6・25事変が起こり、彼は診療鞄一つを持って越南する。このとき妻を失った彼は、看護婦だった女性と結婚したが、新しい妻と娘はあまりしっくりいっていない。今、彼はアメリカで新しい生活を始めた娘を訪問するために、アメリカのビザを取ろうとしているところだ。アメリカ大使館に行き、東洋趣味の大使・ブラウンに高麗青磁の花瓶をプレゼントすると、ブラウンは「サンキュー」を連発する。日帝時代は日本語を母国語のように操り、獄中ではロシア語を学んで通訳なしで通じるほどになった李仁國は、今度は個人教授を受けて勉強中の英語でブラウンと交流する。この分だとアメリカでも生きていけそうだ、と彼は思うのだった。
韓国のサイトを見ると、この作品は「世俗的出世主義者を風刺している」、あるいは「哀れで弱い人間(가엾고 약한 인간)を描いている」、とある。ここでいう「弱い」はFrailty, thy name is woman のfrailty に当たるのではないだろうか。(2010.12.17読了)
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by nishinayuu | 2011-03-30 17:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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