『もしかして聖人』(アン・タイラー著、中野恵津子訳、文藝春秋)

c0077412_10391838.jpg2冊目のアン・タイラー。1991年出版で、原題はSaint Maybe。
冒頭でペドロウ・ファミリーが紹介される。家はウェイヴァリー・ストリートの8番。9番は「外国人の家」で、ジョンズ・ホプキンズ大の大学院に通う中近東の留学生が住んでいる、とあるのでメリーランド州ボルティモアのどこかだとわかる。1965年、ペドロウ家はおおらかな両親と、郵便局に勤めている長男のダニー、高校2年で17歳のイアン、という家族構成で、長女のクローディアは結婚して家を離れ、大勢の子どもたちに囲まれて暮らしていた。その年の春、30に手が届こうとしていたダニーが、窓口にやってきたルーシーと恋に落ちた。小柄で華やかで、まるで赤い小鳥のようなルーシーは、離婚歴があって二人の子どももいる女性だった。ペドロウ家の人びとはとまどいながらもルーシーと子どもたちを家族として受け入れる。ところがある日、ルーシーの不審な行動を見て誤解したイアンは、彼女が生んだ三番目の子どもは兄の子どもではないのではないか、という疑いをダニーにぶつける。それを聞いたダニーは車を暴走させて死んでしまい、しばらくあとにルーシーも事故死してしまう。残された三人の子ども――アガサ、トーマスと赤ん坊のダフニはペドロウ家に移ってくる。ダニーと血のつながりのあるダフニはともかくとして、他の二人は血縁者に引き取ってもらわないと、ということで、まずルーシーの別れた夫探しが始まる。ペドロウ夫妻はもう年だし、イアンはまだ高校生で、将来もある身だからだ。父親探し、血縁者探しはいっこうにはかどらず、その間にも子どもたちとは全力を傾けて向き合わねばならない。そんな日々の中でイアンは、自分の不用意な言葉が兄に死をもたらし、子どもたちからは母親を奪い、両親からは平穏な日々を奪ってしまったという思いに苛まれる。どうしたら償えるのか、そもそも償うことはできるのだろうか。イアンの心の旅は続き、そんなイアンに見守られながら子どもたちは大きくなっていく。
ペドロウ一家という実にすばらしいアメリカン・ファミリーに出会えるすてきな物語である。それに、ペドロウ家を取り囲むご近所の人びと、外国人たち、イアンが通う教会の牧師や教会員たちなども、それぞれ魅力的に描かれている。外国人に関する次のような文は笑える。
(彼は)白いシャツとブルー・ジーンズというスタイル。ジーンズのはき方を見ると外国人だとわかる。いつもこざっぱりして、ちゃんとウェスト・ラインのところにウェストがあり、この男の場合、アイロンの線までついている。(2010.10.10読了)
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by nishinayuu | 2011-02-07 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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