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『1Q84-Book3』(村上春樹著、新潮社)

c0077412_10252411.jpgこの巻では1章から30章まで牛河の物語、青豆の物語、天悟の物語が順番に語られていき、31章の青豆と天悟の物語で締めくくられている。○○真理教事件のおりにマスコミを賑わしたY弁護士を彷彿とさせる牛河は、Book2では醜い容貌と怪しい行動だけが目立つ不気味な存在だったが、この巻では生い立ちや経歴、暮らしかたや感情なども紹介され、人間味を帯びた存在として青豆や天悟と同じ比重で語られているわけだ。それでも結局最後には、牛河は物語の世界から消えていき、青豆と天悟だけが残る。ふたりは1Q84の世界――二つの月が浮かぶ世界から脱出することに成功するのである。
青豆と天悟は手と手を取り合って1Q84の世界から脱出する。 読者の予想を裏切らない(少なくともnishinaの予想通りの)方法で。あるとき青豆は夢の中で、銀色のメルセデス・ベンツ・クーペに乗った婦人に助けられたことがあったが、脱出したあとで立ち往生しているふたりを救ったのが銀色のベンツのクーペに乗った女性だった、というところもなかなかいい。ただし脱出した先の世界は、以前の1984の世界とは微妙に違う世界らしく、右側の横顔を見せていたと記憶しているエッソの看板の虎が、左側の横顔見せていることに青豆は気づく。それでもいい、ここがどんな世界であれ、このひとつきりの月を持った世界で天悟とともに生きていこう、と青豆は思う。つまりふたりの恋が成就するところで物語は終わっている。
しかしこの作品は単なる恋愛小説ではないし、○○真理教やら、△△の塔やらのカルト集団、闇の仕事人、シェルター・ハウスなどについて語ることを目的とした作品でもない。正体不明、行方不明のままで終わっている登場人物が多いのはそのせいであろうと思われる。つまりこの作品の眼目は、実際に目に見える世界のすぐ隣にパラレル・ワールドがあり、しかもパラレル・ワールドはひとつとは限らないことを暗示することなのだ。青豆と天悟という魅力的な二人の若者が、不安と怖れと一筋の希望を抱きながらひとつの世界から別の世界へ、さらにまた別の世界へと駆け抜ける、スリル満点の物語である。(2010.8.22読了)

☆ネットを見ていたら次のような記事が目に入りました。8月24日付の読売新聞です。
【オスロ=大内佐紀】作家の村上春樹氏(60)が23日夜、オスロ市内で講演し、ベストセラーとなった最新作「1Q84」について、2001年の米同時テロ事件が執筆の動機なったことを明らかにした。 村上氏は、同事件を契機に、「今、生きている世界とは別の世界がすぐそこにあるのではないかという感覚が世界中に広がったように思う」と述べた上、「(米国に)別の大統領がいて、対イラク戦争もない世界が同時進行しているかもしれないという、そんなシュールな感情を書きたくなった」と語った。
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by nishinayuu | 2010-12-04 10:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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