『水曜日のうそ』(クリスチャン・グルニエ著、河野万里子訳、講談社)

c0077412_1010425.jpg読書会「かんあおい」2010年8月の課題図書。
パリ郊外のドゥイユ・ラ・バールに住む一家の物語。家は5階建てのマンションの2LDKで、パパとママ、わたし(イザベル、15歳)の三人。近くにはパパの父親であるおじいちゃんが住んでいて、ワタシガコレージュ(中学)に入ってからはこちらから訪ねることは減って、おじいちゃんが毎週水曜の正午にやってきて30分だけ過ごしていくようになっていた。ところが、リセの教師を辞めて大学院に通い、めでたく博士号を取得したパパのところに、リヨン第三大学から助教授の職が舞い込む。リヨンに引っ越そう、とママ。おじいちゃんをどうする、とパパ。話し合いの末、赤ちゃんが生まれることでもあるし、とにかくリヨンに引っ越そう、82歳のおじいちゃんには引っ越しのことは秘密にして、今まで通り毎週水曜日の正午にここで会おう、ということになる。独立精神の強いおじいちゃんの気持ちを尊重した窮余の選択だった。水曜の正午から30分部屋を使わせてもらう、という条件で元のマンションをグレー夫妻に売り、一家はリヨンの4LDKのマンションに移り住む。こうしてわたしたちの「水曜日のうそ」が始まった。
しかし、おじいちゃんにはわたしたちのうそがわかっていた。わかっていながら、水曜日のデートを続けてくれていたのだ。しかもおじいちゃんは新しい友人たちに囲まれていた。わたしのボーイフレンドのジョナタンはしょっちゅうおじいちゃんを訪問して、演劇について語り合い、音楽を楽しんだ。グレー夫妻はおじいちゃんがコメディー・フランセーズのプロンプター・ボックスにいた時期に、マチネーの定期会員だったことがわかり、おじいちゃんと仲良しになっていた。何度かいっしょにシェルブールにも旅行していた。おじいちゃんがすすめてもパパは一度も行かなかったシェルブールへ。そして、リヨンに引っ越してから8ヶ月後の6月におじいちゃんは亡くなった。会いに来るはずのおじいちゃんが現れないのを心配したグレー夫妻が、家まで行っておじいちゃんが死んでいるのを見つけたのだった。
息子一家のうそに調子を合わせてあの世に旅立ったおじいちゃん。おじいちゃんを尊重しているつもりで実はひどいことをしてしまったとわかったパパ。自分のことで手一杯で何もできなかったわたし。それぞれの気持ちが痛いように伝わってくる。ただし、ママにまるで存在感がないのがちょっと不自然でもあり、残念でもある。(2010.7.12読了)
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by nishinayuu | 2010-11-07 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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