『ラ・ニーニャ』(伊藤比呂美著、新潮社)

c0077412_1114967.jpg1999年9月発行のこの本には『ハウス・プラント』(新潮1998年5月号)と『ラ・ニーニャ』(新潮1999年3月号)の2編が収録されている。
『ハウス・プラント』――二人の子どもを連れてカリフォルニアに住むパートナーのもとにやってきた「あたし」が異文化の世界で奮闘する日々が綴られている。カリフォルニアには風景をぼやけさせるユーカリがはびこっている、パートナーのアーロンの人口股関節がかっくんかっくんと音を立てる、ぱちぱちという音が聞こえるので見回したら子どもの瞬きだった(日本語の通じない環境に放り込まれた子どもがチックになっている)などといった憂鬱で深刻な状況も、この著者の手にかかるとおもしろおかしいことのようになってしまう。だから、憂鬱でも深刻でもない状況を語っている所では、まるでユーモア小説のように笑わせてくれる。冒頭の「外に出てくると日ざしがまぬけにもカリフォルニアなので……」に始まり、「受話器を取ったアーロンが、思わずうめきました。ジーザス。ユダヤ系のいうことばかなとあたしはつい思いましたが」という具合に快調に飛ばし、果ては赤ん坊の喃語は文字化けなり、とばかりに赤ん坊のおしゃべりを記号や符号、あれこれの文字を組み合わせて表記してしまう。行動もエネルギッシュならことばもエネルギッシュな「あたし」に圧倒される。
『ラ・ニーニャ』――エル・ニーニョによる異常気象の話から始まり、今度はラ・ニーニャが来るらしいという話になり、さらに「ラ・ニーニャ」たち、すなわち娘たちの話へと移っていく。『ハウス・プラント』より状況は一段と深刻になっている。アーロンの股関節の具合がさらに悪くなっているし、あい子(多分『ハウス・プラント』で目をぱちぱちさせていた子ども)はかなりひどい摂食障害になっている。そして母と娘たちは、自分たちが前夫であり父親である蔵井を置いて家を出てしまったことに関して、気持ちの整理がつかないでいるのだ。そんな状況を「あたし」は客観的に眺め、諧謔を交えて綴りながら乗り切っていく。蔵井がポロネーズを「たあんたたあんた、たらららたあんたたあん、たらららららららった」(第6番「英雄」ですね)と弾いた、蔵井と住んでいた家のドアががたがたになって風が「どっどどどどうどどどうどどどう」とふきこんだ(風の又三郎!)、「しんかいる、ぱっきっいいんん、ばい、あ、ぴっかっぷ」(英語の歌詞を聞こえた通りにカタカナ表記している)と声を張り上げて歌いながらフリーウェイを飛ばす、といったひらがな表記の多様が視覚的にも面白い効果を生んでいる。(2010.6.22読了)
☆( )内はnishinaのひとりごとです。
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by nishinayuu | 2010-10-13 11:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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