『台所の音』(幸田文著、講談社)

c0077412_9534643.jpg読書会「かんあおい」2010年6月の課題図書。読書会で幸田文を取り上げるのは、2010年2月の『木』に続いて2回目である。
10編の作品が収められた短編集である。病気や病人、老いを扱ったものが多いこと、著者の体験が反映されているとおぼしきものが多いことが特徴といえる。主な作品をあげると……
『台所の音』――ちいさな料理屋を営む夫婦の話。病に倒れた夫は寝床の中で、台所で働く妻が立てる物音から妻の心理状態や疲れ具合を察し、あれこれとアドヴァイスをする。夫の病が不治のものであることを隠している妻は、自分の立てる音からそれを悟られないように身を引き締める。父・幸田露伴と娘・文の関係を夫婦に置き換えたのではないかと思わされる作品。
『雪もち』――清酒問屋の妻だった頃の体験記か。「酒粕」を届けるために友人を訪ねると先客があった。ずっと後に、その客というのは結婚前に夫が付き合っていた女性だったとわかる。
『食欲』――経済的に立ちゆかなくなっても昔のままの暮らし方を通す坊ちゃん育ちの夫と、そんな夫に愛想を尽かして離婚を考えている妻。ところが夫が病を得て入院、という事態になり、夫は当然のように妻に全面的にもたれかかり、わがままいっぱいの病院生活を送る。そんな夫にあきれながらも、やむを得ず奮闘する妻の心の動きが、こと細かく分析されて綴られている。
『祝辞』――結婚披露宴にふさわしくない不吉な祝辞を受け取った夫婦の、波瀾万丈のその後。
『呼ばれる』――脳腫瘍で視神経をやられて失明してしまった35歳の息子と、それを見守る老夫婦の日々。nishinaはこの作品がいちばん心に残った。
巻末の解説(高橋英夫)にある幸田文評に次のようなことばがあって、なるほどと思った。
「幸田文は稀有の人であった。露伴の娘という出生を、単に与えられた条件として身を託すのではなく、自ら孜々として生き、きりりと言葉を引きしめて、稀有なるものをおのれのものとした人であった。」(2010.6.7記)
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by nishinayuu | 2010-09-16 09:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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