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『抱擁』(辻原登著、新潮社)

c0077412_10141492.jpg物語の舞台は現在の目黒区立駒場公園、物語の当時は加賀・前田侯爵の邸宅と庭園で、時は2・26事件の翌年である。語り手は前田家の次女緑子(5歳)つきの小間使いとしてこの屋敷にやってきた18歳の娘。登場の段階から最後の最後まで、「あなた」と呼ばれるだけで名前は出てこない。緑子とも互いに「あなた」と呼び合うことにした、と始めのほうにその事情を説明する用意周到な文言がある。前田家のイギリス人家庭教師ミス・バーネットがyouを翻訳して使っている呼称で、とても新しい、親しさと節度を兼ね備えたことばだと語り手は考えている。「あなた」で呼び合う親しさと節度を兼ね備えた人々に囲まれ、豪華なお屋敷での日々が始まる。作者は語り手の目を借りて、この邸宅と庭園の姿を、駒場公園の観光案内よろしく丁寧に紹介している。
さてその語り手が、緑子の身近で生活し始めて間もなく、緑子が時々あらぬ方を眺め、目に見えない誰かにむかって話しかけるのを目撃する。やがて語り手は、「ゆきの」という前任者を緑子が非常に慕っていたこと、その「ゆきの」は2.26事件で処刑された青年将校のところに事件の少し前に嫁いでいて、夫が処刑されたあと、自殺していたことを知る。緑子の不可解な言動は「ゆきの」となにか関わりがあるのか。語り手が相談したミス・バーネットは、緑子はなにかにポゼスされているのかもしれない、あるいはポゼスされているのは語り手の方かもしれない、と言う。事態はしだいに抜き差しならない状態に転じてゆき、ついに事件が起こる。
最後に緑子は語り手に○○と呼びかけるのだが、ここで語り手に名前が与えられていなかったわけが解明される。作者はこの結末のために意図的に語り手に名前を与えなかったのだ。(2010.5.25記)
☆以上のようにnishinaは読んだのですが、実はあまり自身はありません。なにが(だれが)なにを(だれを)ポゼスしていたのかも最後の○○でわかったと思ったのですが……。
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by nishinayuu | 2010-09-07 10:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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