『To the Lighthouse』(Virginia Woolf著、Penguin)

c0077412_1102255.jpgイギリスはヘブリディーズ諸島にあるスカイ島を舞台にしたラムジー家とその客人たちの物語。全体は3部に分かれており、第1部の【窓】は1910年、第3部の【燈台】は1920年に設定されており、その間の10年は第2部の【時は過ぎゆく】に映画の早回しのような手法で描写されている。
【窓】はミセス・ラムジーが「もちろん明日お天気ならね」と、息子のジェイムズに言う場面から始まる。ジェイムズは6歳で、母親と一緒に灯台に支援物資を届けに行くのをとても楽しみにしている。ところが父親のミスター・ラムジーは、空模様が思わしくないという理由で燈台行きを禁じて、ジェイムズの楽しみを打ち砕いてしまう。するとミセス・ラムジーは燈台行きをあっさり放棄して、ジェイムズを宥めることに心を砕くのである。このようにして読者は何の説明もないままにラムジー家の日常に放り込まれる。
ラムジー家の別荘にはこのときラムジー夫妻、8人の子どもたち、6人の客人が滞在している。大学で教鞭を執っている哲学者のミスター・ラムジーは、威圧的で自己中心的ではあるが、自分の業績がやがて忘れられてしまうのではないかという怖れを抱いて、妻の激励・慰めを必要としている。ミセス・ラムジーはそんな夫を尊敬し、子どもたちを愛し、客人たちも含めて誰もが快適に過ごせるように万事に気を配る、良妻賢母の見本のような、しかも誰もが息をのむほど美しい女性である。彼女がその才気と魅力をフルに使って作り上げている一つの世界は、一幅の絵の中の世界のように永遠に変わらないもののように見える。
【時は過ぎゆく】で語られるのは、永遠に変わらないと思われた世界の崩壊である。訪れる人のいなくなった別荘は荒れ果てる。ミセス・ラムジーは急逝し、エンジェルと呼ばれた美しい娘・プルーは結婚して出産したあと病死。数学者と呼ばれたアンドリューはフランスで戦死する。そうかと思うと、客人のひとりで冴えなかった老詩人・カーマイケルは詩集を出して成功する。
【燈台】は10年後の話。画家のリリー(44歳になっている)と老詩人のカーマイケル、そしてラムジー家の人々が再び島の別荘にやってくる。10年前にジェイムズの楽しみを無惨に奪ったラムジーは、今度は気乗りのしないジェイムズと姉のキャムを無理やり船に乗せて灯台に向かう。3人の乗った船の行方を見守っていたリリーは、やがてキャンバスに向かって、一筆描き加える。この一筆で、なにかが足りなかった絵が完璧なものとなる。ここまで読んでくると【窓】の世界ではその他大勢の一人でしかなかったリリーが、この物語の世界全体を視野に納めてこの世界を支配している主人公であることがわかる。
いわゆる「意識の流れ」の手法で綴られた物語で、ラムジー家、客人、それに使用人たちも含めた大勢の登場人物たちについて順序立てた説明があるわけではない。断片的な会話と人々の心の中のつぶやきだけで構築された、複雑な色合いの絵画のような作品である。

ラムジー夫妻のモデルは著者の両親ということで、それはそれで興味深い。ただそれよりもさらに興味深いのは、リリーが著者の投影だと考えると、リリーに向かって「女には絵は描けない、文章も書けない」と言った学者の卵のタンズリーの存在だ。この嫌みな男にもきっとモデルがあったのだろう。(2010.3.28記)
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by nishinayuu | 2010-06-16 11:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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