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『チューリップ熱』(デボラ・モガー著、立石光子訳、白水社)

c0077412_95521.jpg 16世紀末にトルコからオランダに伝わったチューリップは、17世紀になって球根が投機の対象になり、一時は珍しい球根一つの値が邸宅一軒分に相当するほどだったという。この「チューリップ熱」に沸いていたアムステルダムを舞台に、老資産家・コルネリスと若い妻・ソフィア、彼らの肖像画を描く画家・ヤン、女中のマリアと出入りの商人・ウィレムらが繰り広げた狂乱の日々とその後の人生が描かれている。
各章の冒頭に当時の画家や著述家の著作からの引用文、外国人の見聞録などが数行掲げられ、それに続く本文はあたかもその解説であるかのように展開していく。また、フェルメールをはじめとする当時の画家の絵が、装画として随所に散りばめられており、それらが物語の内容に非常に良くマッチしていることに驚かされる。あるいは、絵が物語にマッチしているのではなく、物語の方が絵にマッチするように作られたのだとも考えられる。たとえば、フェルメールの「手紙を書く婦人と召使い」をはじめとして多くの絵に白と黒のチェック柄の床が描かれているが、コルネリストソフィアがヤンのためにポーズをとる部屋の床がこれと同じ柄になっている。ソフィアがヤンからの手紙を読む場面、妊娠したマリアがソフィアの計画に乗った結果仕事を怠ける場面なども、絵が前でそれに合わせて話が作られた、と考えた方が納得できる。そもそもこの作品の骨子であるソフィアの裏切りは、ブリューゲルの描いた「夫に青い外套を着せる妻」にヒントを得て構想されたものかもしれない(飛躍しすぎ?)。
登場人物のなかには真の意味で不幸になった人物はひとりもいない。「チューリップ熱」に踊らされた人々も、それによって人生を狂わされた人々も、熱が冷めたあとは我に返って人生をやり直すことになったからだ。そんな中でいちばん得をしたのは、コルネリスのお屋敷を手に入れてマリアの服を身につけ、ウィレムとの間にできた子どもたちを育てる、という夢がかなったマリアである。かつてヤンの弟子だったヤーコプに家族の肖像画を描かせるまでになったマリアは、下の娘がコルネリスに似ている、というヤーコプのことばを笑って受け流す。庶民の、そして女の強かさがさらっと示されている印象的な場面である。(2010.3.3記)
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by nishinayuu | 2010-05-23 09:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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