『母やん』(川奈凛子著、丸善プラネット)
2010年 05月 20日
タイトルの「母やん」は「があやん」と読む。末っ子だけが使っていた母親の呼称ということで、この末っ子が語り手となって、「雑貨屋」を切り盛りしながら9人の子どもを育て上げた母親の半生を物語る。
舞台は熊本県人吉市の少し東にある湯前(ゆのまえ)という小さな町。時代は昭和30年代から50年代が中心となっているが、間に昭和10年代の父と母の結婚のいきさつも盛り込まれている。姉の見合い相手と駆け落ちした「母やん」は親兄弟に縁を切られていた。頼りの夫は「多角経営」のためほとんど家にいず、浮気も絶えなかった。たまに家に帰っても、子どもたちにとっては怒鳴りつけるばかりの怖い父だった。それでも子どもたちには父親を尊敬するように教えながら、がむしゃらに働いた「母やん」。その「母やん」の期待に応えて、長男が「ロッキード事件」を担当するほどの検事になったのをはじめとして、子どもたちはそれぞれ立派に成人したのだった。
高度成長期の風物や事件を織り込みながら描いた、子どもの成長を楽しみに生きたという点では平凡な、その子どもの一人が〈偉い検事になった〉という点ではユニークな「女の一生」。(2010.2.27記)