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『2/3の不在』(ニコール・クラウス著、坂本憲一訳、アーティストハウス)

c0077412_1061628.jpg著者はニューヨーク在住の若手作家。スタンフォード大学卒業、オクスフォード大学、ロンドン大学でも学んだのち、文芸批評を手がけ、詩人としても評価されているという。
2000年5月、ネヴァダの砂漠を貫く幹線道路近くで、脱水症状で意識朦朧とした男が発見され、ラスヴェガスの救急室に運び込まれた。男の持っていた身分証明書から、名前はサムソン・グリーン、年齢は36歳であることがわかった。コロンビア大学英文科の教員で、8日前から行方不明になっていた。
診察の結果、サムソンの脳に腫瘍――若年性毛様細胞性星状細胞腫――が発見される。この腫瘍がサムソンの記憶機能にどの程度影響を与えていたかは不明であり、腫瘍を取り除く手術自体がひどい損傷を招くかどうかも予測できない、とドクターはサムソンの妻・アンナに告げる。そして手術が行われ、麻酔から覚めたサムソンは、36年の生涯のうち24年分の記憶が全く無い人間となっていた。サムソンが覚えているのは12歳までの子ども時代だけで、アンナは見知らぬ他人だった。
妻が自分にとってどんな存在だったのか、自分はどんな夫だったのか、女手一つで育ててくれた母の最期を自分はどう看取ったのか。記憶のないことに苦しむサムソンは、ある脳の記憶を読み取って別の脳の空白部分に移植する、という「先端科学」の研究者・レイの誘いに応じて「被移植者」になるが……。

衝撃的なプロローグで始まる重苦しい内容の物語であるが、最後のほうには再生の希望もほの見えて、爽やかな読後感が残る。ただ、あまり滑らかとは言えない翻訳文のせいで、時々思考が中断されるのが残念である。(2010.2.9記)
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by nishinayuu | 2010-04-22 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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