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『敵あるいはフォー』(J.M.クッツェー著、本橋哲也訳、白水社)

c0077412_21473923.jpg原題はFoe。 「敵」という意味でもあり、ダニエル・デフォーの本名でもある。
語り手のスーザン・バートンはイギリス女性。さらわれた娘を探しに行ったブラジルで2年間苦労を重ねた後、イギリスに戻るために乗船した船で反乱が起こり、船から降ろされる。ボートを必死に漕いで辿り着いた島で彼女が出会ったのは、60歳くらいの男・クルーソーとニグロの少年・フライデーだった。
このクルーソーはしかし、『ロビンソン・クルーソー』の主人公のような創意工夫を重ねる前向きの男ではなく、島を脱出する気もなかった。また、フライデーは奴隷商人に舌を斬られたためにしゃべることができず、顔つきもぼんやりしていた。こうして『ロビンソン・クルーソー』のパロディが繰り広げられていくのであるが、ついに三人が発見されてイギリスへ向かう船の中でクルーソーが死んでしまうあたりから、話はただのパロディではなくなってくる。
スーザンはフライデーの保護者となり、クルーソー夫人として暮らし始める。そして自分たちの希有な体験を本にしてもらおうと作家のフォーに目を付けるが、彼はスーザンが実際に体験したのとは別の物語を作ろうとする。また、娘と称する得体の知れない少女が現れてスーザンに執拗につきまとう。さらにスーザンは意思疎通を図るためにフライデーに言葉を教えようと思い立ち、絵を描いたり文字を書いたりしてみせるが、フライデーは計り知れない謎の塊のままで、スーザンは自分が彼を保護しているのではなく、彼に従属しているのではないかと思い始める。思い通りにならない人びとと不可解な状況のなかで、スーザンは次第に自分を失っていく。(2009.12.10記)
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by nishinayuu | 2010-04-02 21:47 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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