『ふたりの証拠』(アゴタ・クリストフ著、堀茂樹訳、早川書房)
2010年 02月 19日
物語の主人公はおばあちゃんの家に残ったリュカ(LUKAS)で、第1章は父親が国境を越えようとして死んだ、つまりクラウス(CLAUS)が国境を越えた直後から話が始まっている。ここで注目すべきは、「ぼくら」に名前が与えられていることと、それらの名前がアナグラムになっていることである。この、名前を与えられた主人公のリュカには、「ぼくら」にあった前向きの精神と強かさが見られず、どこか不健康な侘びしさがつきまとっている。それは「ぼくら」が子どもで、リュカが15歳から22歳という難しい年頃のせいもあるかも知れないが、「ぼくら」はふたりだったのにリュカはひとりになってしまったことが大きいと思われる。とはいってもリュカの周りには、父親との近親相姦で家にいられなくなったヤスミーヌ、その子どもで身体に障害を持つマティアス、ホモセクシュアルの共産党員ペテール、図書館の司書クララ、アル中の本屋ヴィクトール、不眠症の男ミカエル、老司祭らがいて、リュカは彼らとさまざまに関わりながらクラウスのいない数年間を生きるのである。そして後々クラウスに見せるために「大きなノート」の紙面を埋め続ける。第7章の終わりまでは。
最後の第8章になるとリュカの姿はどこにもない。リュカは20年前に「ノート」をペテールに預けたまま行方をくらましている。この章の主人公はクラウスと名告る、誰が見てもリュカとそっくりの男である。さて、この男はクラウスなのか、リュカなのか、それとも……というとんでもない謎を読者に突きつけたまま物語は終わっている。(2009.12.23記)