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『Vanity Fair』(W.M.Thackeray著、 Project Gutenberg)

c0077412_10215866.jpg1847年から1848年にかけて雑誌に発表されて作品。19世紀初めのナポレオン戦争を背景に、ロンドンを中心とするイギリス社会の人間模様を描いている。
物語の冒頭は、アメリアとレベッカが寄宿学校ピンカートンズ・アカデミーを去る場面で、校長はアメリアには与えた卒業記念の聖書をレベッカには与えようとしない。それに抗議して校長の妹がこっそりレベッカにも聖書を手渡すが、レベッカはそれを投げ棄ててしまう。この短い場面から、この時代の寄宿学校の性格、校長と妹の人柄とともに、アメリアとレベッカの社会的立場の違いや、レベッカの気性までが見て取れる。ただし、小公女のミンチン女史とその妹を想起させる前の二人が活躍するのはここだけで、物語は後の二人のその後をめぐって展開する。
純真無垢で優しいアメリアは裕福な株式仲買人のお嬢さんで、幼なじみのジョージとの結婚を夢みている。一方のレベッカは何の後ろ盾もない貧しい娘のせいか勝ち気で企みの多い人物である。身を寄せたアメリアの家ではアメリアの兄ジョゼフに近づいたが失敗に終わり、次に身を寄せた下級貴族のクローリー家ではまず父親の気を引き、陰では息子のクローリーに近づいて、結局クローリーと結婚してしまう。裕福な伯母の相続人になっていたクローリーはこの結婚によって伯母の怒りを買い、相続人の地位を解除されてしまう。収入のない二人は、友人、知人、使用人たちを食い物にしながら派手な生活を続ける。レベッカは人を惹きつける美貌とそれなりの知性と芸の持ち主で、貴族階級の人びとにも取り入り、一時はパリやブリュッセルの社交界でももてはやされる。しかしレベッカの栄華の日々は長くは続かなかった。

「主人公のいない小説」ともいわれるこの作品において、かなり多くのページが逞しくて奔放なレベッカに割かれているが、終盤近くになると彼女は影を潜めて一時は行方不明のようになる。もちろん行方不明のままで終わるわけではないが、はじめは冴えなかったアメリアが終盤に向かってどんどん重みを増してきて、レベッカはアメリアの引き立て役になってしまっている感がある。作者は結局アメリア派だった?と思わせる終わり方である。
ところでこの物語には実に多様な人物が登場して縦横に活躍し、しかもその名前が正式名、通称、愛称、肩書き、などなどさまざまに変化するので、ややこしいことこの上ない。また、ワーテルローの闘いをはじめとするさまざまな出来事の記述、フランス語やドイツ語、そしてそれらの発音を英語表記したもの、などにも苦労させられるが、ストーリーそのものは別に複雑ではない。(2009.12.1記)

☆画像はBantam Books のものです。
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by nishinayuu | 2010-02-01 10:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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