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『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房)

c0077412_21144961.jpgイギリスのとあるところに、ヘールシャムという施設があった。15、6歳までの子どもたちが宿舎で生活し、教室で学び、体育館や運動場でスポーツを楽しんだ。敷地内には散歩道やアヒルの泳ぐ池もあった。我の強い子やボス風を吹かせる子もいれば、のけ者にされたりからかわれたりする子もいた。才能があって目立つ子もいれば、伸び悩む子もいた。ごくありきたりの全寮制学校という様相の施設だった。
ヘールシャムにはしかし風変わりな点がいろいろあった。教室で授業をしてくれるのは先生ではなく「保護官」たちだった。毎週のように健康診断があった。季節ごとに「交換会」という名の展示即売会があった。「販売会」を除けばこの交換会が自分の持ち物を増やす唯一の機会だった。販売会のときは外から車がやってきたし、「マダム」も時々やってきたが、子どもたちの両親が訪ねてくることはなかった。そして、外の世界を知らないままここで育った子どもたちは、一定の年齢に達するとここを離れていくのだった。
ヘールシャムは、ある特別な子どもたちに「幸せな子ども時代」を与えたいと考えた人たちの「信念と情熱」によって運営されていたたぐいまれな施設だった。特別な子どもの一人だったキャシーが、ヘールシャムの日々と16歳でそこをあとにしてから31歳の今日に至るまでの日々を、淡々と語っていく。キャシーは、無邪気で幸せな子ども時代がもてたこと、「看護人」としてもうすぐ12年になること、その間にかつての友人たちが「使命」を果たすのを見届けたこと、などを感謝するばかりで、疑問を投げかけたり、訴えたり、ということはしない。あきらめでもなく、悟りでもなく、ただありのままに自分たちの「使命」を受け入れているその精神のありようが痛ましい。(2008.12.30記)
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by nishinayuu | 2009-03-21 21:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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