『幸せではないが、もういい』(ペーター・ハントケ著、元吉瑞枝訳、同学社)

c0077412_9232770.jpg51歳で自死した母親の埋葬のとき、母のことを書きたい、という欲求を感じた作家。埋葬後数週間続いた非現実の感覚が、放心したような失語状態、無力感に陥る前に、作家は奮起して仕事に取りかかる。
1920年にオーストリア南部の村に生まれた少女というものは、すでに予定調和の中に組み込まれた存在だった。短い子ども時代、一時はめを外す娘時代を経て、家庭に入り、子どもができ、やがて疲れ、病気になり死んでいく。しかし事の起こりは、そういう少女の一人だった母が突然、何かを手に入れたいという意欲を持ち始めたことだった。彼女は料理を学び、湖畔のホテルで働き始め、オーストリアがドイツ帝国に併合された時にはお祭りのような興奮を味わった。政治に関心はなかったが、この時代を経て彼女は引っ込み思案ではなくなり、自立して、やがて初恋が始まった。
作家はそのあとも彼女の軌跡をたどり続ける。そして、彼女の生涯を書き終えたあと、作家はさらにことばを続ける。「書くことがわたしの役に立ったというのは、当たっていない。わたしがこの物語に取り組んでいた数週間、この物語の方でもわたしを振り回し続けた……のちに、このすべてについて、もっと正確なことを書くとしよう」と。
「この作品は単なる事実の記録ではなく、事実と言葉の格闘を通して生み出された独自の表現からなる作品」(訳者あとがき)であり、その「独自の表現」に波長が合えばしみじみと心に響いてくる作品である。(2008.11.14記)
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by nishinayuu | 2009-02-12 09:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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