『父さんが言いたかったこと』(ロナルド・アンソニー著、越前敏弥訳、新潮社)
2012年 05月 25日
『The Forever Year』(Ronald Anthony)ロナルド・アンソニーはコネティカットに住む40代の新進作家。ニューヨークの出版社で編集者として働いたのち作家に転身。44歳のときに書いたこの作品が処女作だという。
二人の男性の視点によって話が展開していく。ひとりは83歳のミッキー・シエナ。50年以上連れ添った妻を数ヶ月前に亡くしたあと、広くて階段の多い頃にある様式の家でひとり暮らしをしている。もうひとりは32歳のジェシー・シエナ。ミッキーの四人の子どもの中で、一人だけ歳が離れた末っ子である。
ミッキーは、身体のあちこちにガタはきているが頭の働きは鈍っていない、と確信していた。ところがある日、目玉焼きを作ろうと思ってフライパンに卵を割り入れたままソファーでうとうとして、ボヤを起こしてしまう。前々から父親のひとり暮らしに不安を覚えていた子どもたちが急遽集まって相談する。といっても話を進めるのは上の3人で、末っ子は長年の習慣で蚊帳の外状態である。ところが、父親にホームに入ってもらうという方向で話が進んでいるとき、ジェシーが、父と同居する、と言い出す。ジェシーとしては、兄や姉たちと同じように自分も父と親しくなれるかもしれない、と考えたのだ。こうして、それまできちんと向き合ったことのないミッキーとジェシーの同居生活が始まる。ジェシーは妥協を知らない老人の気むずかしさにとまどいながら。ミッキーは将来への展望がはっきりしない息子の暮らしぶりをもどかしく思いながら。やがてミッキーは、ジェシーにつきあっている女性がいることを知る。ミッキーが会ってみると、その女性・マリーナは容貌も人柄も教養も文句なくすばらしい女性だった。ジェシーも彼女といると幸せだったが、将来の約束はするつもりはなかった。ジェシーは「愛はいずれ亡びるのはもちろん、優雅に衰えることもない。最後は必ず、しなびて節くれ立ち、救いがたい空しさを残すだろう」という信念を持っていたのだ。そんなジェシーに、ミッキーは妻にも上の三人の子どもたちにも話したことのなかった秘密を打ち明け始める。ミッキーは妻と出会う前に、ジーナというすばらしい女性にであっていたのだった。
作者はあるインタビューで、男性視点のロマンス小説を書きたかった、と述べているという。まさしくこの作品は「男性視点」の「ロマンス」小説であるが、おそらく男性に限らず女性にも共感できる小説であろうし、ロマンスと同時に老年の親と子ども世代という普遍的なテーマを扱った小説でもある。ミッキーはなかなかくせ者ではあるが、ジェシーは、誠実さと真摯さの塊のような人物である。スリル、奇抜さ、蘊蓄などとは無縁のこの作品の正しい読み方は、父と子の関係が深まっていく過程と、それぞれの恋の行方をじっくり見守り、素直に感動することであろう。(2012.4.4.11読了)
# by nishinayuu | 2012-05-25 09:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
『Ann på fredag』(Helene Uri)
『L’Homme du Train』(Claude Klotz)
『똥개는 안 올지도 모른다』(김연수著,문학동네)
『Motljus』(Annika Thor)。原題の意味は『逆光』。
『Land of the Snow Men』(Norman Lock)
1888年に発表された短編集『The Happy Prince』に収録された5編のうちの一つである。長くて重い作品を続けて読んだので、ちょっと気に入っているこの作品を息抜きに読んでみた。
『Oryx and Crake』( Margaret Atwood)
萩原朔太郎の『郷愁の詩人與謝蕪村』をはじめとする数多の蕪村研究書を駆使して「蕪村」に新たな光を当てるとともに、タイムトンネルの向こうにあった「ぼく」の青春時代を蘇らせた大作。菊判(多分)で470ページあり、ほとんどすべてのページにエピグラフのように俳句が掲げられている(1ページは業平の短歌、2ページは俳句も短歌もなし)。すなわち全部で467の俳句が並んでおり、そのうち457が蕪村の作品である。重複して掲載されている句もあるのでそれらを除くと、ほぼ450の蕪村の句が目に入る仕組みになっており、なかなか魅力的な構成ではある。ただし、各ページの内容と、そのページに掲げられている俳句の繋がりがすんなり理解できないものもある(繋がりがわかるかどうかが読み手の俳句理解度を測るバロメーターなのかもしれない……あなおそろし)。
