『失われた時を求めて 12』(マルセル・プルースト著、鈴木道彦訳、集英社)
2012年 01月 30日
物語の最終章である「見言い出された時」の前半を収めた巻である。語り手は第一次大戦前にパリから遠く離れた療養所に入り、大戦が始まった直後の1914年8月に診察を受けるために一度パリに戻った。この頃語り手は自分には文学的才能がないのではないかと疑い、書くこともあきらめていたという。大戦さなかの1916年に再びパリに戻ったが、その後また長い療養生活に入って、戦後かなり経ってからパリに戻ったことになっている。こうした2度にわたる長い療養生活についての記述はいっさいなく、この巻で語られるのは戦時下のパリにおける友人知人の動向と、行きつ戻りつしながら展開する「文学論」である。この「文学論」の部分は実に詳細で粘っこく、(訳文も難しくて)ついていくのに骨が折れるが、なんとか語り手の悩みにつきあっていると、ある日、語り手はゲルマント邸の中庭に入っていく。そして敷石に躓いた瞬間、語り手はいっさいの失望から解放され、かつてお茶に浸したマドレーヌを口にした時に感じたのと同様の幸福感に満たされる。そのあとも語り手は皿にぶつかるスプーンの音、口を拭ったナプキンの感触、水道管の立てる音などが呼び覚ます幸福感に満たされ、その幸福感の依って来たるところを解明することによって文学への信頼を取り戻していく。
「文学論」と並行して、語り手の友人、知人たちの動向も語られていく。戦時下のパリでもヴェルデュラン夫人は、気に入らない人物(シャルリュス氏、ブリショたち)を笑いものにしつつ新しい取り巻きを補充して、有力なサロンの女主人であり続けている。醜く老いたシャルリュス氏は、郊外のホテルでソドムの世界にどっぷりとつかっているところを語り手に目撃される。そんな中で語り手はサン・ルーについて次のように語っている。
サン・ルーが私の部屋に入ってきた時、私はおびえの感情とともに、超自然のものを見るような印象を抱きながら彼に近づいたのだが、それは考えてみるとすべての休暇中の軍人の与える印象であり、(中略)彼らは死の岸辺から一瞬私たちの間に戻ってきたのであり、再び死の岸辺に引き返していこうとしていたのである。(中略)私が近づいたロベール(サン・ルー)は、額にまだ傷跡を残していたが、それは私にとって、地上に残る巨人の足跡以上にいかめしく神秘的だった。
また別のところでは次のようにも言っている。
私をはっとさせたのは彼(一人の将校)の身体が実に多くの異なった地点を通り過ぎたのに、まるで包囲攻撃を受けた者が脱出を試みるように、それがわずか数秒の間に行われたという、この異常な不釣り合いである。そんなわけで、私はそのとき、それがサン・ルーだとはっきり見分けられたわけではないけれども――また、サン・ルーの物腰や、しなやかさ、その歩き方や敏捷さを思い浮かべたとさえ、言うつもりはないけれども――神出鬼没の彼に特有の一種の偏在性を思い浮かべたのだ。
このように語り手に深い印象を残して、語り手の親友であり初恋の人ジルベルトの夫でもあるサン・ルーは、ついに戦場から戻ることなく語り手の世界から立ち去っていく。もう一人、ジルベルトのゆかりの人物であるスワンについて語り手は、「考えてみれば、私の経験の内容は私の書く本の素材になるものだが、これは結局のところスワンからきたのである」と言う。スワンに出会ったことから語り手の全生涯と作品が生まれたのであり、スワンに出会わなければ、全く別の人生があったかもしれない、スワンこそが「きっかけ」だった、という意味だ。第1巻の「スワン家の方へ」の意味を改めて想起させる記述である。(2011.11.15読了)
# by nishinayuu | 2012-01-30 10:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

アイルランド生まれの作家による、アイルランドの香りいっぱいの短編集で、原題はWalk the Blue Fields。時間が止まっているかのような辺鄙な村で、男たちは封建的な世界に生き、女たちは秘かに飛翔の時を待っている。
フランスの人気作家(なのだそうです)エシュノーズの八作目の長編小説で、1999年のゴンクール賞を受賞している。
『국물 있사옵니다』(이근삼原作)
☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた次点の本+気に入ったわけではないけれど読んでよかった本をまとめて、「お勧めの10冊」として挙げてみました。
バドニッツの長編小説第1作。以前読んだこの著者の『空中スキップ』がとにかく変わった小説だった、という記憶があったので、ちょっと身構えて読んだが、案の定とても風変わりな小説だった。
『A Long Way From Chicago』から8年経った1937年の9月から約1年間の物語。15歳になったメアリ・アリスが、シカゴからたった一人で列車に乗って、田舎のおばあちゃんのところにやってくる。大恐慌のあとの長引く不景気のせいで父が失業したため、一家は家も失った。新しく移った家は二人しか住めない小さな家だったので、17歳の兄のジョーイは資源保護団体で植林の仕事をするために西部へ行き、15歳のメアリ・アリスはおばあちゃんのもとに預けられたのだ。
『フランバーズ屋敷の人びと』などで知られるヤング・アダルト小説の名手ペイトンの代表作といえる作品で、出版は1972年。
原題はUn Cabinet d’amateur。原題の意味するものは「絵画コレクションの陳列室(美術愛好家の陳列室)」であり、また、そうしたコレクションを描いた絵画ジャンル「ギャラリー画」でもある。
