c0077412_10392549.jpgRÖRGAST』(Johan Theorin, 2013

秋に始まり夏に終わる「エーランド島シリーズ」の第4作目である本書は、「幽霊船はカルマル海峡の黒い海を覆う暗闇から、ぬっと現れた」という文で始まる。ゴムボートに乗っていた少年(このときはまだ名前は明かされていないが、クロス一族の11歳の少年ヨーナス)は、このそそり立つ船と衝突する前に危うくボートを離れて船の甲板によじ登ったが、そこで死んだ船乗りや、瀕死の船乗りに出くわす。エーランド島のステンヴィークの村で20世紀最後の夏が始まったときのことだった。

そして物語は冒頭の出来事の70年前、1930年の夏に引き継がれる。ここで登場するのはシリーズの主役であるイェルロフ・ダーヴィッドソン。このときは14歳で、学業を終えて家の手伝いをし、合間に島内で様々な仕事をしていた。教会墓地の墓堀人の仕事もその一つだった。6月のある日、エドヴァルド・クロスの墓を掘るために墓地に出向いたイェルロフは、そこで墓堀人のベントソンが連れてきた幽霊のように白い少年にであった。イェルロフより少し年下でアーロンという名だった。葬儀を終えた人々が墓の周りに集まり、墓の底に棺を下ろして土で埋め始めたとき、墓の中からノックの音が聞こえた。居合わせた者たちは息を呑んだ。みんなその音を聞いたのだ。イェルロフも、そしてアーロンも。

このようにタイトルに「夏」とあるのに「凍える」エピソードから始まり、エーランド島を後にした少年が長い間「寒い国」に閉じ込められる話が続く。というわけでやはりこの物語も、寒くて冷たい冬に読むのにふさわしい。ただし、ちょっとほんわかするエピソードもないわけではない。一つは『黄昏に眠る秋』で過酷な運命に泣いたユリアが、新しい家族を得て明るく暮らしていること。もう一つはやはり『黄昏に眠る秋』で事情があって皆の前から姿を消したある人物が、晴れてイェルロフの前に顔を出せたこと、などだ。シリーズ中ただひとつ未読なのは「春」の巻。早く読みたい気もするし、大事に取っておきたい気もする。さて…。(2017.12.19読了)


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# by nishinayuu | 2018-02-15 10:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

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20179月~12月に見た映画とドラマの記録

1(2)行目:鑑賞した月/日 タイトル(原題)制作年・制作国 監督

2or3)行目以下:キャスト、一言メモ

画像は「黄金のアデーレ」

8/1 靴職人と魔法のミシン 米 トム・マッカーシー

  アダム・サンドラー、エレン・バーキン、ダスティン・ホフマン

  大人のおとぎ話。ホフマンの醜聞を知る前に見てよかった。

8/9 セレンディピティ 2001米 ピーター・チェルソム

  ジョン・キューザック、K・ベッキンセイル、ジェレミー・ピヴェン

  主役の二人には夢のような幸せな出来事も、それぞれのパートナーに

  は悪夢ですねえ。

8/13 アナザー・フォーエバー(Another Forever

2016ブラジル・オランダなど ファン・サパタ

ダニエラ・エスコバル、マルロン・モレノ、ピーター・ケトナス

夫を亡くした女性が友人の待つ地まで列車の旅をする。静謐な秀作。

8/15 Rachel GettingMarried 2008米 ジョナサン・デミ

  アン・ハサウェイ、デブラ・ウィンガー、ビル・アーウィン

  次女の悲しみが伝わってくる。次女の思いは複雑なのです。

8/18 おじいちゃんの里帰り 2011独 ヤセミン・サムデレリ

  ヴェダット・エリンチン、ファーリ・ヤルディム、リライ・フーザー

  「労働力を呼んだが来たのは人間だった」(M・フリッシュ)

8/22 はじまりの歌 2013米 ジョン・カーニー

  キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、アダム・レヴィーン

  音楽映画。好みではないジャンルの音楽でイマイチぴんとこなかった。

9/6 Place in the Heart 1984米 R・ベントン

  サリー・フィールド、エド・ハリス、ダニー・グローヴァー

  2010に見たのをBSプレミアム版で見たが、一部カットされている?

  J・マルコビッチはこれがデビュー作とか。ラストシーンはまるで

  カーテンコールのよう。

9/12 ファング一家の奇想天外な秘密(TheFamily Fang2015

  ジェイソン・ベイトマン

  ニコール・キッドマン、ジェイソン・ベイトマン、C・ウォーケン

  姉弟がエキセントリックな両親の束縛から自分たちを解放するまで。

9/13 すてきな片思い(SixteenCandles1984米 ジョン・ヒューズ

  モリー・リングウォルド、ポール・デューリー、マイケル・ホーン

  子どもっぽい下級生とおじさん・おばさん風の上級生が繰り広げる

  ドタバタ恋愛劇。時代を感じさせる青春ドラマ。

9/14 ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅 2013

 アレクサンダー・ペイン

 ブルース・ダーン(66回カンヌ映画祭で男優賞)、ウィル・フォーテ

 大金が当たったと思い込んだ父親と心優しい次男のモンタナから

リンカーン市までの旅を描いたロードムービー。

9/28 Mr. Perfect백프로2011韓国 キム・ミンギュン

  ユン・シユン、ヨ・ジング、チョン・ホジン

  韓ドラの常連俳優が島の大人たちとして顔を並べていて愉快。

10/1 インサイド・マン 2006米 スパイク・リー

  クリストファー・プラマー、D・ワシントン、ジョディ・フォスター

  上首尾に終わった銀行強盗の話。プラマーは悪役もよく似合う。

10/4 I’ll See You in myDreams 2015米 ブレッド・ヘイリー

  ブライス・ダナー、マーティン・スター、サム・エリオット

  初老の女性が夫と死別後20年にしてある男性とつきあうと

10/5 幸せの帰る場所 2008米 デニス・リー

  ライアン・レイノルズ、ウィレム・デフォー、エミリー・ワトスン

  優しい母、暴君の父という図式が母の死後すこしずつ崩れていく。

10/6 彼女には秘密です!구녀에겐 비밀이에요2008韓イ・インス

  リッキー・キム、キム・ギュリ、パク・ヨンシク、キム・ミンソン

  ハンサムなリッキーとおっとりした田舎の雰囲気だけでもっている

  かなりアホクサイ映画。

10/7 Our Souls at Night リテーシュ・バトラ

  ロバート・レッドフォード、ジェーン・フォンダ

  初老の男女が静かな時間を共有するすてきな映画でした。子役も秀逸。

  ただ、あの美しいレッドフォードは今いずこ……

10/13 ファミリー・プロット(FamilyProt1976米 ヒッチコック

  バーバラ・ハリス、ブルース・ダーン、カレン・ブラック

  殺しも辞さない宝石泥棒に比べれば、インチキ霊媒師なんてカワイイ

  ものです。カレン・ブラックはキリーテカナワに似ている?

11/7 ハロルドが笑うその日まで 2014スエーデン グンナル・ヴィケネ

  ビョーン・スンクェスト、ファンニ・ケッテル、ビョルン・グラナート

  「安物家具を売る」イケアのせいで高級家具店が立ちゆかなくなった

初老の男がイケアの社長を誘拐。

11/7 黄金のアデーレ 名画の帰還(Womanin Gold2015米・英

  サイモン・カーティス

  ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュール

  クリムトの名画を本来の正統な所有者がウイーンのベルヴェデーレ

から奪還。主人公とともに戦った弁護士はシェーンベルクの孫とか。

11/19 緑の光線 1985仏 エリック・ロメール

  マリー・リヴィエール、ヴァンサン・ゴティエ、マリア・ルイサ

  ヴァカンスを充実したものにするために奮闘する若い女性の一夏を

  描いた「芸術的な」作品でした。

11/19 未来よ こんにちは 2016仏独 ミア・ハンセン=ラブ

  イザベル・ユベール

  高校の哲学教師で家庭生活も充実していたナタリー。とつぜん夫に

離婚を宣言されるが、未来に向かってしなやかに歩み出す。


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# by nishinayuu | 2018-02-10 13:26 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)

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FrenchWithout Tears』(Terence Rattigan

本作は3幕ものの戯曲で、1936116日にロンドンのクリテリオン劇場で初演されている。


3週後に外交官試験を控えてフランス語教師の父娘の許でフランス語と格闘中の若者たち。そこに若い女性が現れて、娘の方の教師も交えた恋の駆け引きが展開する。登場人物は以下の通り(登場順)。

*ケネス・レイク=20歳くらい。頭は空っぽだがハンサム。外交官試験のためにフランス語を習っているが、できが悪くて教師から見放される。

*ブライアン・カーティス=234歳。大柄で肥っている。

*アラン・ハワード=23歳くらい.陰気な顔つき。父親が外交官なので、外交官試験を受けることになっているが、実は小説家志望。

*マンゴー=60歳。白い髭を蓄え、恐い顔をしたフランス語教師。教え方も厳しい。

*ビル・ロジャーズ=35歳くらいの海軍中将。浅黒くて背が低く、もったいぶった物腰。

*ダイアナ・レイク=(20歳くらい?)ケネス・レイクの姉。男をボーっとさせたいが、相手の数は多いほど安全、と考えている。

*キット・ネイラン=22歳くらい。金髪の美男子で、ダイアナの言いなり。ジャクリーヌにフランス語を習っている。

*ジャクリーヌ・マンゴー=256歳。マンゴーの娘でフランス語教師。弟子のキットに惚れている。

*ヘイブルック卿=ダイアナが次の目当てとして待ち構えている人物。現れてみたら15歳くらいの少年だった(ネタバレ御免)。

ブライアンが「ダイアナの〈青信号〉をキャッチしてワルツを申し込んだら、手ひどく殴られた」とアランに報告。アランはダイアナの〈青信号〉が本物かどうか確かめるためにダイアナの部屋へ向かう。「殴られなかったら外交官試験を受ける。殴られたら外交官はやめて作家になる」とブライアンに言い置いて。結果は「作家だ!」となる。

なお、初演のときの俳優陣は――ケネス・レイク=トレバー・ハワード/アラン・ハワード=レックス・ハリスン(1908年生まれ。ぴったり!)/ダイアナ=ケイ・ハモンド(どんな人?)/ジャクリーヌ・マンゴー=ジェシカ・タンディ(1909年生まれ。27歳のときですね。)

2017.12.10読了)


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# by nishinayuu | 2018-02-05 09:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_15483053.jpg本作は1963年に4巻本として発行された短編集の第4巻に収録されている。(今回読んだのは1980年代発行の版。)

舞台はオーストラリア領の木曜島。ニュージーランド島とオーストラリアの間にあるトレス海峡に位置する小島で、キャプテン・クックが木曜日に発見したことから名付けられたという。

語り手はその島が「神の作った最後の土地」だと聞いて、シドニーから日本の貨物船「シカ丸」に乗って出かけて行った。「何もないところだよ。それに、喉をかき切られるかもしれない」とシドニーの連中にからかわれたけれど。夜中に真っ暗な海岸に下ろされ、数マイル歩いてやっと「ホテル」にたどり着いた翌日、語り手はキャプテン・バートレットという船乗りと知り合う。語り手が、フランス語もわかる、と言うとバートレットが、フレンチ・ジョウに会いに行こう、フランス語がしゃべれるのを喜ぶだろうから、語り手を誘う。そうして訪ねていった病院で、93歳のフレンチ・ジョウは語り手に、波瀾万丈の生涯の物語を語り聞かせる。

ひとりの男の「波瀾万丈の生涯」が2ページ弱の紙幅におさめられているところが強く印象に残る短編である。

ところで、夜中にやってきた語り手にホテルのおかみが「I’ll makeup the bed before you can say Jack Robinson」 と言う場面がある。「before you can say Jack Robinson」の意味は前後関係から「すぐに、あっという間に」だとわかるが、Jack Robinsonって何者?と思って調べてみました。が、何者かは判明していない、ということしかわかりませんでした。18世紀頃から使われている慣用句だそうです。

2017.12.6読了)


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# by nishinayuu | 2018-01-31 15:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

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Skumtimmen』(Johan Theorin, 2007

タイトルに「秋」が入っている本作は、冬、春、夏と続いていく「エーランド島シリーズ」の第1作目。2017426日にupした『冬の灯台が語るとき』はシリーズの2作目となる。非常に印象的だった第2作と同様、この第1作もエーランド島の厳しい気候と美しい自然、そこに生きる人々の思いが切々と伝わってくる傑作である。主な登場人物は以下の通り。

ユリア・ダーヴィッドソン――看護婦。草原に出たまま戻らない息子を何年も待ち続ける。

イェンス――ユリアの息子。6歳の誕生日を控えたある日、一人で草原に出てそのまま行方不明に。

イェルロフ――ユリアの父で老人ホーム暮らし。シェーグレン症候群を病んでいる。第1作にも登場。

エルンスト・アドルフソン――元石工の彫刻師。イェルロフの友人。

ヨン・ハーグマン――元船長。イェルロフ、エルンストの友人。

レナルト・ヘンリクソン――ユリアに好意を持つ警官。同じく警官だった父親は公務中に死亡。

アストリッド・リンデル――元医師の健康的女性。イェルロフに友好的。

グンナル・ユンイェル――ホテルのオーナー。

マルティン・マルム――アルム貨物の創業者。

ヴェラ・カント――ステンヴィークの資産家で、世捨て人。ニルスを溺愛している。

ニルス・カント――ヴェラの息子。「ステンヴィークの贖罪を背負う者」。

物語は19729月のある午後、6歳の少年が祖父母の庭を抜け出してジュニパーの茂みに向かうところから始まる。一人で庭を抜け出したのは初めてのことで、少年は行く手には冒険が待っているはずだった。しかし、辺りは次第に深い霧に包まれて行き、霧の中から男が現れて、ニルスと名のって少年の手を取る。そして少年は行方不明になり、近所中で探し回って警察も捜索に当たったが、少年はついに家に帰ることはなかった。それから20年以上の月日が流れたある日、祖父イェルロフのもとに少年のスニーカーの片方が送られてくる。それをきっかけに、少年の失踪以来島によりつかなかった母親のユリアがイェロフノもとに戻ってくる。

再会した二人の交流が、二人の視点で語られていく本筋と交互に、もう一つの物語が語られていく。それは1930年代中頃に10代の少年だったニルスの物語だ。軽い意地悪から弟を溺死させ、平原に隠れていた二人のドイツ兵をはずみで殺してしまい、逃亡するために警官を撃ったニルス。そのまま島からいなくなったニルスは、やがて遠い南米から棺に入って母親の許に戻ってくる。しかしニルスの埋葬が済んだあとも、母親のヴェラの許には手紙が届き続け、人々は墓で眠るのはニルスではないのではないか、と噂し合った。ニルスは確かに生きて島に戻ってきていたのだった。それはちょうど少年が行方不明になった時期と重なっていた。そのとき平原でいったい何があったのか。謎は最後の最後まで持ち越され、物語はしみじみとした情感を残して終わる。

ニルスといえば、鵞鳥たちと不思議な旅をしたあのニルス少年を思い出します。ニルス少年も空を飛ぶ前はとんでもない悪い子だったのだから、この物語のニルスもまともな大人になったのでは、と淡い期待を抱きながら読んだのでした(?)。(2017.12.5読了)


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# by nishinayuu | 2018-01-26 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

翻訳練習 課5


今学期の韓国語講座「翻訳の秘訣」で練習したものの記録です。(2017.11.13

翻訳に当たって特に気をつけるべき点-その1

1漢字語に注意(韓国語と日本語では意味が異なる場合がある)。

原文:学力低下問題をめぐって議論が行われています。(議論注意)

訳文:학력 저하 문제를 둘러싸고 논의가 이루어지고 있습니다.

2「~ている」に注意(韓国語では進行中の場合にだけ使う)。

原文1:雨は止んでいます。

訳文:비가 그쳤습니다.

原文2:先月、政府は景気悪化が続く可能性があるとの見通しを発表しています。

訳文:지난 달에 정부는 경기악화가 계속될가능성이 있다는 전망을 발표했습니다.

3受動態に注意(韓国語は能動表現が多く、特に事物が主語の場合は受動態は使わない)。

原文:さしたる解決策もないが、今は任せられた任務を遂行するしかない。

訳文:이렇다할 해결착도 없지만, 지금은 내가 맡은 임무를 수행할 수밖에 없다.

c0077412_10134359.jpg4二重否定はできるだけ避ける。

原文:洋書を読むには単語を覚えなければなりません。(洋書要注意。)

訳文:원서를 읽으려면 단어를 외워야 합니다.


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# by nishinayuu | 2018-01-21 10:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(2)

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Level of Life』(Julian Barnes, 2013

著者は『終わりの感覚』で2011年にブッカー賞を受賞した作家。OEDの編集に携わっていたこともあるという。




本書はそれぞれ独立した内容を持つ3つの章によって構成されている。

1章「高さの罪」の主人公は、史上初めて上空から地表を撮影したフェリックス・トゥルナション(18201910)通称ナダール。ジャーナリスト、風刺画家、写真家、気球乗り、発明家、起業家でもあったナダールは同時代の人々から「発散する元気の量が仰天レベル」(ボードレール)、「才気煥発の愚か者」(ネルバル)、「頭がよく回る、合理性の欠片もない男」(後に親友となった編集者)などと評されている。また、「写真を芸術の高みに引き上げんとするナダール」(ドーミエによる風刺画)という絵に登場し、彼の乗った気球ルジアン号もマネやルドンの絵に描かれている。さらに、ビクトル・ユゴーが宛名に一語「ナダール」と書いて出すと手紙がちゃんと届いた、というエピソードも残している。第1章にはこのナダールのほかに気球旅行をした女優のサラ・ベルナール、ドーバーからイギリス海峡を越えてフランスに飛んだ英国軍人フレッド・バーナビーも登場する。

2章「地表で」は上記のサラ・ベルナールとバーナビーの出会いと別れを綴った恋愛物語。もちろん実話ではなくフィクションであるが、彼らに関するエピソードや同時代人による評が盛り込まれていて楽しい。例えば「ベルナールは生涯を通じてナダールの――最初は父ナダール、のちに息子ナダールの――被写体であり続けた」とか、「身長はようやく150㎝ほど」、「共演の男優とは必ず寝ていた」、「感嘆するほど目立つことに秀でた人物」(ヘンリー・ジェイムズ)、「嘘っぽく、冷たく、気取り屋。あのパリ風シックには胸が悪くなる」(ツルゲーネフ)などなど。あの『スラブ叙事詩』の画家ミュシャ/ムサが描いたベルナールを思い浮かべながら読むのも一興である。

3章「深さの消失」は、最愛の妻をほとんど突然失ったバーンズが、妻のいない日々をどのように生きたかを綴ったもの。出会ってから30年という歳月をともに歩んできてこれからも歩んでいくはずだった妻の死によって、作家は奈落の底に突き落とされる。悲しみと苦しみにとらわれ、周囲の言葉に傷つき怒り、ついには自分も消えてしまおうと考える。一人残された者のそんな思いが事細かに綴られていて、胸を打つ。第1章は本来組み合わさるはずのない物事の組み合わせによって高みへと導かれる物語、第2章は出会うはずのない者同士が出会って高みに到達するが、いきなり高みから突き落とされる物語だった。そしてこの第3章のテーマは、高みから突き落とされたあとはどうなるか、ということである。まだ光は見えていないが、光を見ようとする意思が感じられる終わり方である。いつかある日、本書に救われる日が来るかもしれない、と思いながら読み終えたのでした。(2017.11.14読了)


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# by nishinayuu | 2018-01-16 10:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


c0077412_09242068.jpg本書は「地図のない道」と「ザッテレの河岸で」の二部からなる旅の随想記である。「地図のない道」は「新潮」(19965月号~7月号)に掲載されたのち著者が加筆・訂正中だったものを、著者の没後に編集部の責任で整理したものだという。


「ザッテレの河岸で」の初出は『ヴェネツィア案内』(トンボの本 19945月、新潮社)。

「地図のない道」はさらに「その1」「その2」「その3」の3つに分けられている。

「地図のない道-その1-ゲットの広場」――評論家ジャコモ・デベネデッティの著作『一九四三年十月十六日』を手にしたのをきっかけに著者は、ローマのユダヤ人とその歴史に思いをはせる。そしてゲットにあるレストランのざわめきから著者の思いは30年前に出会ったユダヤ人のマッテオへ、彼との出会いをもたらしたミラノのコルシア書店とその店主で著者の夫となったペッピーノへ、夫婦で名付け親となったマッテオの息子たちジャコモとジョヴァンニへと続いていく。最後はヴェネツィアの「ゲットのツアー」に挑戦して3度も冷たく門前払いされ、やっと4度目に参加できたが…という話で締めくくられている。

「地図のない道-その2-橋」――夫の死後に著者が初めてヴェネツィアを訪れたときに知り合ったルチアの話から始まる。「おばさんのところにちょっと寄る」と言ってグリエの橋のたもとで著者を待たせたルチアは、1943年頃の生まれで両親はもういないと言っていた。のちに再度グリエ橋を訪れた著者は、そこがゲットの入り口に近いことを知って、もしかしたらルチアの「おばさん」はユダヤ人の赤ん坊を引き取って育てた人のひとりだったのかもしれない、とふと思う。ヴェネツィアの大運河(カナル・グランデ)に架かるスカルツィ橋、リアルト橋、アカデミアの橋の三つのうち、飛び抜けて華やかなのはリアルト橋だが、著者にとっていちばん親しみが持てるのはアカデミアの橋だという話から、著者の連想は橋の多い大坂へと飛び、やがて「祖母の大坂」を歩くことに繋がっていく。

「地図のない道-その3-島」――1967年に夫と祖母を相次いで亡くした著者は翌年の夏、ベルリン生まれの友人インゲに誘われてヴェネツィアの沖にあるリド島(『ヴェニスに死す』の舞台でもある)のアルベローニに滞在していた。ある日インゲの勧めで、トルチェッロを訪れる。たぐいまれなモザイクがあることで知られる古い教会を見るためだった。そしてヴェネツィアに帰る最終便を待ちながら著者は、結婚した当時のこと、結婚式の司式をしてくれた夫の友人ダヴィデが連れて行ってくれたスロヴェニアの国境に近いアクイレイアの聖堂に思いをはせる。「海をへだてた小高い松林の丘には、アクイレイアの白い大聖堂が夕日をうけて燦めいているはずだった。」

「ザッテレの河岸で」――ヴェネツィアのジュデッカ運河に沿って散策していたときに著者の目にとまったのはリオ・デリ・インクラビリ(Rio degli incurabili) という水路名。Incurabiliは治療の当てのない、手の尽くしようのない病人を意味する語で、かつてそこにそういう名称の施設があったという。この名称をきっかけに、著者の縦横無尽な歴史的、文学的、社会学的考察が繰り広げられる(情報量が多すぎるので内容は省略)。

異国を旅する人の心に映る風景が写し取られている本書は、著者が翻訳した『インド夜想曲』とどこか似ている。流れるように美しい日本語が味わえることは言うまでもない。(2017.11.9読了)


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# by nishinayuu | 2018-01-12 09:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)


本書は「史実に基づいたフィクション」で、4人の画家にそれぞれ一つの章が与えられた、4部構成の作品である。

c0077412_14272673.jpg*「美しい墓」――アンリ・マティスに関する章。舞台は光あふれるコートダジュール。語り手は21歳のときマグノリアの花とともに84歳のマティスのアトリエに送り込まれたマリア。マティスを支えた「マグノリアのマダム」やパブロ・ピカソなどに関するエピソードとともに、マティスの最晩年の姿が生き生きと浮かび上がる。冒頭にピカソの次のような言葉が掲げられている。「もしもマティスが死んでしまったら、ほかの誰にも話せないことを胸の中にためこんでしまうことになる。なんといっても、私には、マティスしかいないんだ。」

c0077412_14274015.jpg*「エトワール」――エドガー・ドガに関する章。進行役として登場するのはドガの友人だったメアリー・カサット。彼女はパリで成功した最初のアメリカ人画家であり、印象派をアメリカに伝えることによって印象派の世界的成功をもたらした立役者である。ドガが生前に発表した唯一の彫刻作品『十四歳の小さな踊り子』のモデルは「オペラ座」のエトワールを夢見ていた踊り子だったが、ドガの彫刻はアトリエの奥にしまい込まれ、夢破れてバレエを捨てた少女の行方はわからない。

c0077412_14275518.jpg*「タンギー爺さん」――ポール・セザンヌに関する章。語り手はゴッホの『タンギー爺さん』で知られるパリの画材商タンギーの娘である。才能のある画家たちへの援助を惜しまなかったタンギーが最も愛していた画家がセザンヌだったこと、セザンヌが親友だと思っていたゾラがセザンヌをモデルにして絶望の果てに自ら命を絶つ画家を描いたこと、しかもその作品『制作』をセザンヌに送りつけたこと、ゾラの呪詛にもかかわらずセザンヌは「リンゴ一つで、パリをあっと言わせてやる」という予言を実現させたことなど、興味深いエピソードが盛り込まれている。

c0077412_14274943.jpg*「ジヴェルニーの食卓」――クロード・モネに関する章。進行役はクロード・モネの義理の娘であるブランシュ。舞台はブランシュたちオシュデ一家の別荘であるモンジュロンのロッテンブール城から、モネが妻や息子たちと暮らすヴェトゥイユの借家へ、そしてジヴェルニーの館へと移る。それに伴ってオシュデ家とモネの関係も、‘裕福なスポンサー’と‘売り出し中の画家’から、‘倒産して妻子を貧しい画家に託したもとスポンサー’と‘ブランシュやその母アリスらとの同居を心から喜ぶ画家’へ、そしてオシュデ亡き後のアリスとやはり妻を亡くしたモネがついに結ばれてできあがったほんとうの家族へと変遷する。二つの家族が一つになるというおとぎ話のような展開に、様々な作品に関するエピソードが加わって、モネの絵そのままに明るい輝きに満ちた物語となっている。もと首相で美食家のクレマンソーが「睡蓮」の完成に大いに貢献しているというエピソードも楽しい。(2017.11.8読了)


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# by nishinayuu | 2018-01-07 14:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

私の10冊(2017年)

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☆この1年に読んだ本の中から特に気に入った本を選んで、「私の10冊」としてまとめてみました。また、「私の10冊」の選から漏れた本を「お勧めの10冊」として挙げてみました。

☆画像は「ふたつの海のあいだで」です。


「私の10冊」

聖ペテロの雪(レオ・ペレック、訳=垂野創一郎、国書刊行会)

イザベルに 曼荼羅(アントニオ・タブッキ、訳=和田忠彦、河出書房新社)

植物たちの私生活(李承雨、訳=金順姫、藤原書店)

The Buried Giant (KazuoIshiguro, Vintage)

冬の灯台が語るとき(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)

ぼくが逝った日(ミシェル・ロスタン、訳=田久保麻里、白水社)

ふたつの海のあいだで(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)

あの素晴らしき七年(エトガル・ケレット、訳=秋元孝文、新潮クレストブックス)

ジヴェルニーの食卓(原田マハ、集英社)

黄昏に眠る秋(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川書房)


「お勧めの10冊」

회색 문헌 (강영숙, 문확과지성사)

書店主フィクリーのものがたり(ガブリエル・ゼヴィン、訳=小尾芙佐、早川書房)

The Sheep (H. H. Munro,Doubleday & Company Inc.)

妻は二度死ぬ(ジョルジュ・シムノン、訳=中井多津夫、晶文社)

A Woman of No Importance(Oscar Wilde)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹、文藝春秋)

ゴリオ爺さん(バルザック、訳=中島英之、青空文庫)

チェーホフ短編集(編=沼野充義、集英社)

地図のない道(須賀敦子、新潮社)

人生の段階(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)


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# by nishinayuu | 2018-01-02 17:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

読書と韓国語学習の備忘録です。


by nishinayuu